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【失恋】

※今回は2本書きました。苦みの強い失恋のお話と、その口直し用の、ちょっぴり可愛い失恋のお話です


(1)

 また失恋した。
 教室に駆け戻るなりそう言って泣く夏美を慰めるのは、親友である私の役目。
 夏美は小学生のころから恋多き女の子だった。小五のとき、顔のいい男子に告白し、恋とかよくわからないから、と振られていた。小六で告白したサッカー部の男子には、ほかに好きな子がいるから、と振られていた。中二の告白で、初めての彼氏ができたけど、すれ違いが続いて半年で別れた。高一でイケメンの先輩に告白して交際に漕ぎつけたけど、二股かけられてたみたいで、一ヶ月で別れた。そして高二の今、また新しい恋の相手を見つけ、勢いこんで告白しに行ったけれど、だめだったみたい。
「なっちゃん、次があるよ。男子なんてそこらにありふれてるんだから」
「金子くんは一人しかいないのに、そんな簡単に言わないでよ! 千穂は失恋なんてしたことないくせに!」
 夏美はそう言ってまた泣く。
 毎回ほぼ同じようなやり取り。悲痛な夏美の叫びを聞くたびに、私の胸はずくんと痛む。
 たしかに私は告白したことがないから、振られたこともない。もちろん、交際の経験もない。だから知らない。勇気を振り絞った告白が断られる、という苦しみを。恋人として育みつつあった関係を失わねばならない、という悲しみを。
 夏美がこれまでに抱えてきた絶望を、私はなにも知らない。そのせいで、軽率な慰めの言葉しか出てこない。
 でも、私、本当は、失恋したことがある。夏美が知らないだけで。
 もともと叶わぬ恋だと知っていたから、胸の底に押し殺して告白しなかっただけ。私の失恋はそうしてゆっくりと育まれていったものだから、痛みはすっかり鈍ってしまった。今となっては、心地いいぐらい。夏美が感じているような、鮮烈な痛みを味わうことは、もうできないんだろう。
「どうしてあたしの好きな人はみんなあたしのこと好きになってくれないんだろ。呪われてるとしか思えない」
「呪われてなんかないよ、今度はきっと、夏美のことを好きな人に出会えるよ」
――私みたいな。
 喉まで出かかった言葉を呑み込んで、泣く夏美を抱き締める。
 夏美、私はずっと、あなたに失恋し続けている。
 あなたが恋をするたびに、私は恋を失っている。
 ……ううん、違う、失くしてなんかない。この恋心は失くすつもりはない。ずっと胸の底に秘め続ける。その証しとなる鈍い痛みと一緒に、私はきっと一生涯、あなたのそばにいる。

 ※ ※ ※

 告白は失敗に終わった。半年間の片想いは、「ごめん、俺、彼女いるから」の言葉であっさり遮断された。あたしは涙をこらえて教室に駆け戻り、千穂にすがって思いっきり泣いた。千穂はいつでも優しくあたしを受け止めてくれるから、つい甘えてしまう。
「なっちゃん、次があるよ。男子なんてそこらにありふれてるんだから」
「金子くんは一人しかいないのに、そんな簡単に言わないでよ! 千穂は失恋なんてしたことないくせに!」
 千穂が小さく息を呑む気配。毎回同じようなやりとりをしてるのに、千穂は律儀に傷ついてくれる。
 ごめんね、本当は知ってるんだ。千穂が失恋経験あるってこと。
 千穂は必死に隠しているんだろうけど、バレバレだよ。
 あたしはなんにも知らない鈍い子のふりをして、千穂に傷と痛みを押し付けてるの。
 あたしが千穂みたいに、女の子を好きな女の子だったら、すべてうまくいってたのにね。残念ながらあたしは男子が好きだから、千穂の気持ちには応えられない。
 だけど、千穂があたしに向けてくれるその感情は好き。大好き。失恋した、と泣いて胸にすがるあたし、それをあなたが見つめるときの、欲望と苦みをないまぜにした悲痛な瞳に、ぞくぞくするの。
 あたしは千穂自身に恋はできないけれど、千穂の黒目がちな瞳に、その瞳に映るあたし自身に、恋をしているのかもね。
 あなたがそんなふうにあたしを見てくれるから、どんなにフラれても、世界や自分を呪わずにすむ。どんな失恋でも、すぐ立ち直れる。
 あたし、あなたがいるから、何度でも男の子に恋ができるの。
 だから、千穂、あなたはどうか、あたしのそばで、何度も失恋してね。あたしはきっと一生涯、あなたをその痛みで縛り続ける。


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千穂さん逃げてー。
続いて、まったく違う世界のお話です。
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(2)

 キューピッドたちのお仕事は、人間の恋の手助けをすることです。あと一歩の勇気を出せないじれったい人たちのために、金の矢を放って、恋を後押しするのです。そうでもしないと、人間はなかなかつがいになりません。
 だけど、せっかく恋のお膳立てをしても、人間はすぐに気に入らないことがあって冷めただの心変わりをしただので、仲良しじゃなくなってしまいます。そういうとき、キューピッドは鉛の矢を撃って、お別れの後押しをします。鉛の矢で撃たれた人間は、恋に無関心になるのです。「そうすれば、失恋の痛みも感じなくなるからね」という、上司の神様の言いつけです。
 今年生まれたてのキューピッドは、鉛の矢を撃つたびに、悲しい気持ちになるのでした。あんなに目を輝かせて恋をして一生懸命にアプローチして、恋の矢の力も借りてお付き合いに漕ぎつけたのに、どうしてバラバラになってしまうのでしょう。しかもお別れするときは恋に無関心になってしまうなんて、まるで、それまでの恋が否定されているかのようです。先輩キューピッドたちの頑張りを無碍にされているようで、納得がいきません。
 だからキューピッドは最近出会った花に、ついついお仕事の愚痴をこぼしてしまいます。
「お花さん、人間はどうして最初に好きになった人同士でずっと一緒にいられないのかな。お別れなんて、なければいいのに」
 夏になって大輪の花弁を綻ばせた黄色い花は、キューピッドに応えます。
「あら、人間の命は花と違って長いんだもの。たくさん恋をしなくちゃ、もったいないでしょ」
「人間って、そういうものなの? お花さんも人間だったら、たくさん恋をするの?」
「そうよ。あたしは綺麗でモテるもの。たくさん恋をして、もっともっと輝く花になってやるわ」
 キューピッドと会話するあいだもずっと、花は太陽を見つめています。キューピッドに振り向いてくれたことは一度もありません。そんな花の様子がもどかしくて、キューピッドの胸はずきんと痛くなります。
 でも、花が自分の声に応えてくれるのは、とても嬉しいのです。だからついつい、毎日話しかけてしまいます。
「お花さん、今日は五組も人間たちをつがいにできたよ」
「そう、よかったわね。ま、あたしには関係ないけど」
「お花さん、今日は三組の人間を別れさせないといけないの。でも、鉛の矢、撃ちたくなくてサボっちゃった……」
「ふうん。お仕事たいへんなのね。ま、あたしの知ったこっちゃないけど」
 こんなふうに、キューピッドは夏の間じゅう、花との会話を楽しんでいました。
 ある日、キューピッドはいつものように花を訪れ、驚きました。あんなに熱心に太陽を見つめていた花が、ぐったりと俯いています。
「お花さん?」
 声をかけても、返事がありません。
 よく見ると、美しかった花弁はすっかり茶色に萎びていました。
「そんな……」
 キューピッドは冷たい風に身震いしました。
 秋が来てしまったのです。花の命は、夏でおしまい。だからもう、花はうんともすんとも応えてくれません。
「お花さんにもう会えなくなるなんて、こんなに寂しいことはないよ。戻ってきてよ。またいつもの可愛い声を聞かせてよ。綺麗な花びらを震わせて笑ってよ」
 どんなに話しかけても、花はやっぱり応えません。キューピッドはあまりにも悲しくて悲しくて、花を抱いてわんわんと泣きました。
 花を見つめていたときのずくんとした小さな痛みどころか、いまは胸が張り裂けそうなぐらいに痛くて痛くて、たまりませんでした。いっぽうで、自分のなにもかもが空っぽになってしまったかのようで、息すらままならずに、苦しくて苦しくてたまりませんでした。
 こんなに痛くて苦しい思いをするなら、花に出会わなければよかったとさえ、思ってしまいました。それがまた悲しくて、三日三晩泣き続けました。お仕事のことは忘れていました。上司の神様は、そんなキューピッドを、そっと放っておきました。
 今年生まれたばかりのキューピッドには、この痛くて苦しい気持ちがなんと呼ばれているものなのか、まだわかりません。
 でも来年の夏、新しい花に出会うころには、きっとその名前を知っていることでしょう。そして鉛の矢のお仕事も、張り切っているに違いありません。

6/4/2023, 4:42:53 AM