大空に向かって両手を大きく広げる。
空を抱きしめるように。
あるいは、そうして空と同化するように。
……多分、同じ年代の時に同じことをやったと思うのだけれど。
両手を広げて空を仰いでいた『彼』は唐突に、
「グルグル〜〜!」
と叫んでその場でタケ○プターよろしくグルグル回り始めて、私は額を抑えた。
その歌を初めて聴いたのはやっぱり小学生の頃、音楽の授業でだ。
歌詞に感動したのも、多分その歌が最初だったと思う。
——あの頃、うちの両親はしょっちゅう喧嘩をしていた。
私は真夜中、自分の部屋でこっそり泣いていた。
一度、喧嘩を止めようと口出ししたら、ひどく怒られた上、とばっちりで成績だの習い事の進み度合いの遅さなどを責められた。
だから、その歌にとても心打たれたのだと思う。
公園前の車止めに軽く腰かけ、待つこと数分。
パンツスーツを格好良く着こなした上背のある女性がヒールを鳴らしながら小走りにやってくる。
女性は私を見て、さっと顔色を変えた。
機微を悟るとはこんな感じかな、などと思いながら。
私は公園小路でグルグル回る『彼』こと我が愚息を呼びつけた。
身長も体重も標準枠な私より、小学四年生にして縦横サイズを上回る息子を見て、パンツスーツの女性はどこかホッとしたような表情に戻った。
私も立ち上がり、会釈した。
互いに名乗り、『この度は申し訳ありませんでした』と、どちらともなく頭を下げる。
子供同士の喧嘩——というかくだらない言い合いというか。
小突きあって、運悪く二人して縁石に足を取られて転んで、脛やら腕やら軽く擦りむいた、というのが事の次第。
「○○先生から連絡が来て、本当にどうしようかと」
パンツスーツの女性がハンカチで目元を抑えて言う。
……お気持ち凄くわかります、と私も何度も頷く。
子供同士のちょっとした喧嘩やら遊びやらでも、体格差があると大事になってしまうこともある。
どれだけ口厳しく指導しようとも子供なのだ、完全な制御は難しい。
「うちの子は、ご覧の通りご心配いりません。○○くんこそ大丈夫ですか?」
「はい、電話で確認しただけですけれど——保健医から聞きましたので問題ないようです」
「良かったですね。こういっては何ですけれど、お互い……」
同体格同士の子で、と暗に含めるとパンツスーツの女性も本当に、と苦笑を見せた。
「いつも、絶対に手を出してはいけないと言っているのですけれど……」
「うちもですよ。でも同じくらいの体格ですし——それに、原因はうちの子の発言みたいですし」
「原因は、何だったのでしょう?」
「歌、だそうです」
ご存知でしょう、と一節を読む。
「空に悲しみはあるかないか、で言い合いになったようです」
「え……」
「うちでは最近、あの子の曾祖母が亡くなりまして。
本人の言い分を綺麗に解釈すれば——煙とともに天に昇り、煙は消えたのだから悲しみはないと。
葬儀の際、祖父にあんまり泣き続けていると曾祖母が悲しむ、と言われたせいかもしれませんが」
「そうでしたか……。うちは」
パンツスーツの女性宅では、直近で飼い犬を亡くされていた。
彼女の息子○○くんの中では、まだ悲しみが渦巻いているのだろう。
だから空には悲しみがある、と。
なんとも言えない表情になったパンツスーツの女性に、私は溜息まじりで言葉を続けた。
「……ですが、小突き合いになった決定打は」
「はい」
「その時、足元に落ちていたアイスの棒が弾みで排水口に落ちてしまったから、だそうです」
「……え」
「当たってたかもしれないのに、と」
「——妙に悔しそうだったのは、それでしたか……」
私より更に盛大な溜息をつき。
互いに顔を見合わせ、やはり合わせたように苦笑いが出る。
「アイス買って、帰ります」
「そうしましょ」
——突拍子のなさに目眩どころか
目が飛んでいく思いは幾重とあったよ。
翼があったら、多分。
私は、何度も逃げ出していただろうなと
思うのです——
12/22/2023, 10:33:03 AM