夜兎

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終焉の音がする。
稲光が大地を裂き、人々は恐れ慄く。守り神に反感を買った者たちの悲鳴がやまない。

御山には龍が棲み、人々を見守っていると伝え聞いていた

「龍を怒らせてはならない。
怒らせたら怖いことが起きる。」

そう、母は何度も言い聞かせてきた。鬼気迫るその姿は、まるで般若のよう。
おとぎ話の龍より怖かったのを覚えている。

私がその意味を知ったのは、それから数年後。 
村が未曾有の飢饉となった。大地は干上がり、水の恩恵が絶えた。米も野菜も育たず不作が続く。

それは龍が何かしたからではないのか?
人々の疑念は悪意となり、矛先は非力な私に向けられた。
「命を龍に捧げ村を救え」と告げてくる大人達に逆らう力はない。家族と死別し天涯孤独の私が選ばれた。

【龍の花嫁】などと仰々しい呼び名がつけられたが、要は生贄だ。
白無垢に身を包み、篝火ひとつない山中に放置された。頬に触れる生温い風は吐息のようで、耳に届くのは野鳥と虫の鳴き声。この先訪れるのは、残酷な最期だというのに心は凪いでいた。

「君はまだ生きたいかい?」

背後から目隠しをされ、問われる。静かに迫ってくる存在感に呼吸を忘れた。意を決して一度頷いた。

「……分かった。代わりに君の大事なものがなくなるけれどいい?」

もう一度頷く。
圧迫していた気配が消え、頭上を見上げれば金色の目をした龍がいた。
龍は村を蹂躙し人々を死に追いやった。慣れ親しんだ場所は、跡形なくなり胸が痛む。

少女はただただ呆然と立ち尽くしていた。

8/23/2025, 11:57:05 AM