池上さゆり

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 この部屋は広い。一人で使うのにはもったいないくらい。無駄に大きなベッドと、クローゼット。なんのためにあるのかわからないデスク。それと簡易トイレ。
 窓も時計すらないこの部屋は常に無音で、意識して自分の呼吸音に耳を傾けていないと息が止まってしまいそうな閉塞感があった。私がこの部屋で生活をするようになってから三ヶ月が経とうとしていた。
 ことは半年前に遡る。ナンパされたことをきっかけに食事に行った彼と趣味が合い、意気投合した。それから付き合うまでは長くかからなかった。
 だけど、付き合ってから知ったのは彼が酷く心配性なことだった。通勤中や仕事中、プライベートな時間でも常に位置情報を送ってほしいや、突然電話をかけてくることが多かった。最初は私はそれを嬉しいと思っていた。これだけ愛されているのだと自信にもなっていた。だが、時間が経つごとにそれに付き合うのも面倒になってしまった。
 そんなある時、彼の家に招かれてお邪魔したことがある。お金持ちだとは聞いていたが、タワーマンションに住んでいるとは思わず、緊張したのを覚えている。家の中にお邪魔すると、食事が用意されていて、ワインを飲みながら過ごしていた。すると、次目を覚ました時には、今の部屋に入れられていた。手も足も拘束されていて、恐怖心でいっぱいになった。
「これでついに二人っきりになれるね。もうなんの心配もいらないよ」
 本気なのが伝わった。一度だけ、食事を運んでくれたタイミングで逃げ出そうとしたことがある。だけど、彼の細い身体のどこにそんな力があるのか簡単にねじ伏せられてしまった。それだけでは済まず、顔以外を何度も何度も殴られた。それからは逆らわないようにした。
「ただいま。いい子にしていた?」
「おかえり。待ってたよ」
 二人っきりの世界はなにもこわくなかった。今まで抱えて生きていた不安の全てが無くなって、愛されているという事実だけを受け入れて生きるのは楽だった。
「じゃあ、ご飯作ってくるね」
 今日もなにも考えなくて済む。全部、彼がいるからだ。

3/21/2024, 11:41:39 AM