桜の精霊がもし実在するのなら、きっと彼女のような姿をしているのだろう、と思う。
君は4月上旬に突如転校してきた。満開の桜が綺麗な季節だ。薄い桜色の髪と、鮮やかな桃色の瞳。ふわりと笑う君の笑顔は、春の陽気のようなあたたかさがあった。
『園田桜子』
そう彼女は名乗った。
穏やかで可愛い彼女はすぐにクラスに馴染み、初日は隣にずっと誰かが並んでいた。告白した男子も居たと聞いたが、定かでは無い。
どちらにせよ、クラスで孤立している僕には、縁のないイベントであった。
5月の上旬、彼女の様子がおかしくなった。
いつもの暖かい笑顔には陰がかかり、目にクマができている。何より、彼女の髪が真っ白に変色していたのだ。
「大丈夫?」「何かあった?」
クラスのみんなは彼女を心配して声をかけたが、彼女は力無く首を振るだけであった。
彼女の元気は日が経つにつれてなくなっていき、1日中保健室にいることも当たり前になってきた。先生は『原因不明の病』という便利な一言で、彼女を片付けた。
その日僕はたまたま、彼女に連絡や授業プリントを持っていく担当だった。
彼女は保健室の窓際の、白い無機質なベッドに横になっていた。白い肌、髪、瞳がシーツに溶け込んでおり、そのまま消えてしまいそうな儚さがあった。
「智也くん」
彼女が僕の名前を呼んだ。透明な声。
扉を開ける音で起こしてしまっただろうか。
「寝てた?ごめん」
「ううん、大丈夫」
僕は返答にホッとして、プリントもろもろをベッドの傍にある机に置く。彼女は軽く一瞥するのみである。
「お大事に」の一言と共に立ち去ろうとする僕の背中に、彼女の声が飛んだ。
「ねぇ、」
振り向いた僕と彼女の目が合う。どこまでも白くて、奥が見えない瞳。かつての桃色の瞳の名残は、その中で僅かに揺蕩っている掠れた色のみである。
「みんなに『ありがとう』って伝えて」
突然の言葉で上手く飲み込めない。どうしてこのタイミングで、僕に託すのだろう。
「それと、『また会えるから』って」
そう告げた次の瞬間、彼女の瞳から完全に桃色が消え去った。
「あ」と小さく呟いた僕の声は、突如吹いた強い春風に呑まれた。窓が開いていたのだろうか、白いカーテンがぶわりと舞い上がる。
突風に身を構えながら、僕は信じられないものを見た。
大量の桜の花びらが保健室に舞い降りたのだ。白い室内に映える、桃色の花びらだ。花吹雪にしては量が多く、作り物にしてはリアルすぎる。僕はその美しさに、何もすることができなかった。
何もかも収まった後、僕は彼女が寝ていたベッドを覗いた。しかし、そこには何も無かった。
ただあるのは、そのままシーツに溶けてしまいそうな、白い桜の花びらだけであった。
4/4/2025, 1:20:59 PM