冷瑞葵

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星に願って

 毎朝毎晩、祈り続けた。勝負の日が近づいている。
 イメージトレーニングは完璧。友人も何度もシミュレーションに付き合ってくれた。
 もちろん一番重要な準備もバッチリだ。あの甘い香りが鼻の奥にずっとこびりついている。この1ヶ月ほど試作品を弟に食べてもらっていたから心なしか彼の恰幅が良くなった気がする。
 それらがあと少しですべて報われる。決戦は14日、バレンタインデーで。

 ……とまぁ、すべての物事は準備期間中が一番楽しいものだ。
 長い間温めた気持ちも、度重なる練習も、何もかも無駄に終わった。呆気なく私は振られた。
 気持ちのやり場がなくて、どうしても眠れそうになくて、私はベランダに出て寒風に当たった。空を見上げるとオリオン座が目に入った。リボンみたいな形をして空にでかでかと浮かんでいる。
「ちょっとくらい振り向かせてよ、お星さま」
 何言ってるんだろう私。直後に襲ってくる気恥しさと言いようのない罪悪感。
 まったくもう、明日の学校が憂鬱だ。
「もう全部忘れさせてください……」
 懇願してもどうしようもない。風邪を引く前に私は部屋に戻ることにした。

 翌日、学校に行くと何か様子がおかしかった。
 友人はやけに同情的で、ほとんど話したことのない人たちからも視線を感じる。学校全体が浮ついた感じがするのは昨日がバレンタインデーだったからだろうか。
 まぁ、私には関係ないんだけど。
 そして何が一番おかしいって、私が学年一モテるとも噂されるイケメンに声をかけられたことだ。放課後、体育館裏に来てほしいという。
 言われた通り行ってみたら「昨日から1日考えて考えが変わった」だの、「あなたの魅力に気づいていなかった」だのとわけのわからないことを言ってくる。
 終いには「付き合ってください」と言ってくるんだからビックリしてしまった。人違いか、たちの悪いドッキリとしか思えない。
 そりゃ心が揺らがなかったと言えば嘘になるけれど、申し出はお断りした。相手はショックを受けていたし、友達にはひどく驚かれた。でも、彼らには申し訳ないが、ドッキリかもしれないという疑いを拭いきれないのだ。
 その晩、何気なく見上げた先にあったオリオン座にため息をつかれた気がした。とりあえず「私にもいつか好きな人ができますように」とお願いしたら、またため息の音が聞こえた気がした。

2/11/2025, 8:35:13 AM