一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・手拍子屋

 長く付き合っていた彼氏と別れた友人を励ますため、手拍子屋に連れてきた。
「何? ここ? 居酒屋じゃないなら帰る」
 不機嫌そうな彼女は、泣きすぎでできた目のクマをそのままに、純和風の居酒屋のような店内を見回している。
「酒はまだ後で。ここは手拍子屋。絶対に笑えるから、ちょっと付き合ってよ、ね?」
「別に笑いたくないんだけど」
「まぁまぁ、ここは奢るからさ」
 ゴネる彼女をあしらいつつ、私は受付でメニューをチョイスし、店員に案内された部屋に彼女を引っ張っていった。
「ヒッ!!」
―ガタン! 
 友人が壁に背中を引っ付けて小さな悲鳴を上げた。驚いたときとかの漫画でよく見る表現のやつ。
 まぁ、わからんでもない。
 カラオケの個室程度の部屋で、ステージを前にふんどし姿の50代のおっちゃんたちが真面目な顔をして並んでいるだから。
「では、これから『泣かない手』始めます!」
 一人のおっさんが応援団のように声を張り上げた。
「ちょっ、何? 怖いんだけど!!」
 怯える彼女の背中を押して、一緒にステージに上がる。
「いよぉ〜!!!」
―パン!
「泣かないで!」
―パパン!
「泣かないで!」
―パパパン!
「泣かないで!」
―パパパパン!!
「「泣かないで!!!」」……――

 
 友人は温泉に入ったようなさっぱりした顔で、ビールジョッキをあおった。
「すっごい迫力だったね、おっちゃん手拍子!!」
「でしょ〜! あれだけ目前で応援してもらい続けることってないからねぇ」
 手拍子屋の奥は居酒屋になっている。賑わう店内を行き交う店員は、さっきまで手拍子を打ってくれていたおっちゃんたちだ。もちろん、着衣である。
「フラれて泣いてた自分がバカらしくなってきたわぁ」
「そうそう!! 出会いはまだまだいっぱいある!」
「ね、ね、ガンガン行こうぜ系のメニューもあるのかな?」
「あー、それなら『出し切っ手』かなぁ」
「なにそれ、めっちゃ気になる!」
 手拍子が始まった時には引き気味だった彼女だったが、場の雰囲気に乗せられてすっかり気分を良くしていた。これがハイテンションだとしても落ち込んでるよりはいい、と思う。
 人生、楽しんだもん勝ちさ。

テーマ; 泣かないで

12/1/2024, 9:16:44 AM