いろ

Open App

【最初から決まってた】

 目の前に差し出された鮮やかな薔薇の花束。思わず目を瞬かせてその持ち主を見上げれば、数日前に僕との婚約を一方的に破棄したはずの元許嫁が、朗らかな笑みを浮かべて立っていた。
「これは何の真似?」
 少しだけ声が険しくなってしまった。だって生まれた時から家の事情で決められていた婚約とはいえ、君とはそれなりに良好な関係を築いてきたつもりだったのだ。それなのに事情のひとつも説明せずに姿をくらませた君に対して、怒りを覚えるなというほうが無理な話だった。
 最初から決まっていた結婚。逃れられない運命。……それでも僕が君を好きになって、君が僕を好きになったのは、自分たちの意思だって胸を張っていたかったのに。
「私さ、決められた運命って嫌いなの。だって私が君と一緒に生きたいって思ったのは私自身の意思なのに、許嫁だからの一言で済まされるのってムカつかない?」
 高らかな声で君は告げる。だけどその声色には明白な苛立ちと軽蔑が透けていて、まあたぶんそうとう腹に据えかねることを誰かに言われたんだろうなって想像はついた。
「だから、婚約は破棄させてもらったわ。で、改めてなんだけど――」
 ずっと花束が押し付けられる。十二本の赤い薔薇。この前二人で観た映画で、主人公がヒロインに告白していたときと同じものだ。
「君が好きです。私と結婚してください」
 まっさらな状態から口にされたプロポーズ。ああ、もう。あんなに腹を立てていたはずなのに、馬鹿正直にドキドキと高鳴る自分の心臓が恨めしい。結局結婚することに変わりはないのに、こんな突拍子もないことをし始める君のことが、やっぱり僕は大好きなんだ。
「うん、良いよ。一緒に幸せになろう」
 君は運命なんて大嫌いだと言うけれど。僕はそれほど嫌いではないんだよ。だってきっと、どんな形で生まれてどんな形で出会おうとも、僕が君を好きになることは、最初から決まっていた運命に違いないのだから。
 

8/7/2023, 9:58:56 PM