うぐいす。

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 突然電話がかかってきたかと思えば、妻が入院している病院からだった。慌てて通話ボタンを押す。焦りで、「もしもし、こちらA株式商事です」と言ってしまう。通話相手の看護師さんが「三谷玖様のお電話で宜しかったでしょうか?」と聞いてくれたので、「はい!」と答えて、その場で赤ベコのように首を振った。
 通話を終えた後、上司に説明をして早退させてもらう。頑張れよ! と同僚たちの声援をバックに、俺は会社を出た。頑張るのは妻なんだけどな。
 途中でタクシーを拾って、病院へ急ぐ。看護師さんが言うには、余裕はあるそうだが、なるべく早めに来て差し上げてほしいとのことだ。男である俺には到底分かり得ないが、やはり側に誰かがいた方が、安心するのだろうか。
 やっと治療室についた。ここまでが遠く感じられた。扉を開く。勢い余って反動で返ってきた扉に肩を打つ。「ふふっ」と高い笑い声が聞こえた。
「えっ」
 驚いて前を見ると、妻が顔を綻ばせていた。とても出産中には思えない。
 よくよく見れば、胸元にちっちゃくて真っ赤な人形を抱いていた。
 それは人形ではなく、赤子だった。
「う、産んだのか」「産んだのよ」妻はまた微笑む。「俺がいなくて大丈夫だったのか?」「貴方がいなくてもなんとかなるわよ」心臓のあたりがキュッと痛む。
「それよりあなた、この子を抱いてあげて」
「いいのか?」
 妻は肯く。ほんとうに小さくて、触れるだけでポロポロと壊れてしまいそうで、抱っこするのが憚られた。それでも、これは俺たちの愛の結晶で、宝物なのだと思うと、途端に愛おしさが止まらなくなって、そうっと、やさしくやさしく触れる。
「うあっ、あっ、あー!」
「ええっ!?」
 あらあら、と妻が大きく笑った。父親が抱くと泣き出すというのは、ほんとうだったのかと、ショックよりも驚きの方が勝った。よしよしと、ゆっくりと揺らしてやるが、泣き止む気配はない。ただ、赤ちゃんとは、そういうものなのだろう。泣くのが仕事なのだ。
「無事に産まれてきてくれて、ありがとう」
 そうして俺たちは、彼女に向かって、そこで初めて名前を呼ぶのだった。
「みく」

5/26/2025, 3:33:44 PM