おこめ

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逃げられない。

小さく震えている力強く握られた拳から、
少し浅い呼吸から、
濡れた瞳から、

その一つ一つが訴えてくる感情から、逃れられない。

「返事は、すぐじゃなくてもいいから……」


固まってしまった私を気遣うように掠れた声で告げた彼は、笑っているのに、今にも泣いてしまいそうな、
思いを吐き出し安居したような、複雑そうな顔をしていた。

彼のそんな顔を見て、私はハッと我に帰り、返す言葉を探す。
そもそもこんなこと初めてで、混乱している。
彼とは新学期始まって、席が隣になった頃から話す機会が増え、趣味の話とか、その日の弁当とか、たわいない話をしているうちに段々仲が深まっていた覚えはある、大いに。

授業中ふと隣を見ると退屈そうに先生の話を聞いている彼の横顔とか、体調不良で休んだ次の日に話しかけてくれた時の心配そうな顔とか、好きなアーティストのニューシングルを手に入れて喜んでいる時の顔とか、いちいちなんだか輝いて見えていた事が次々と思い浮かぶ。


「すぐ……でもいいか、な」
急に話した私の声に少し驚いて小さく跳ねる肩が可愛く思う。顔が強ばっている。それは多分私もだろうけど。
鼓動が跳ね上がる、
続きを吐く為に開けた口が乾く、
呼吸が苦しくなる。

顔が、どんどん熱くなっていく。


「わたしもす、きです……よろしく、お願いします。」

青かったのに一瞬で血が通った顔も、とてもすてきだった。

5/23/2024, 2:10:37 PM