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「もうこの戀は終わりにしませう」


祖父の遺品整理をしているとき、古びた手帳に挟まっていた、小さな紙切れをみつけた。

さらさらと流れるように美しい筆跡。
祖父の字だろうか。それとも。

洋紙も墨も何もかもが色褪せて、触れば崩れ落ちてしまいそうなのに、この1文はまるでまだ生きているみたいに、したたかな鼓動を打っている。

ためらったけれど、その紙切れを祖母にみせた。
痴呆のはじまりかけていた祖母は、丸眼鏡の奥の瞳を滲ませて、やがて低く呟いた。


「これはね、お義父様の字よ。」


たった一言そういって、祖母はまた遠い目をする。
これ以上は何も聞けない。

祖父の父、明治生まれの曾祖父は、私の記憶の片隅に眠っている。みみずくのようにじっとしていて、笑顔をみせない堅物な人だった。祖父と話しているところさえ印象にない。

なぜ、曾祖父が書き残したものが、祖父の手帳にあったのか。いつも片身離さず持ち歩いていた、
祖父の分身でもあるほどのこの手帳に。

じきに、あとを追うようにして祖母が逝き、
この紙切れの詳細はついにわからない。

「この戀」とは何だったのか。
 誰の、何の恋だったのか。

でも「これでようやく終わったのね。」とも思った。知っている者はもうこの世を去り、美しい筆跡も沈黙しつづける。



7/16/2023, 2:04:41 AM