【胸の鼓動】
あるところに、不死の男がいた。
心臓を突かれても、毒を盛られても、海に沈められても、男は必ず生還した。
彼の長い人生で培われた頭脳や経験は何物にも代えがたく、歴史研究家や哲学者をはじめ、多くの業界人が彼と親交を深めている。
彼と関わった人は皆、口を揃えこう語る。
彼はなんでも知っている。
彼に怖いものはない。
話は変わるが、彼は“不死”であって“不老”ではない。
彼にとって唯一不明であるのは《老死の可能性》であり、彼は老いを恐れていた。
彼が老化に危機感を抱き始めたのは、最近のことではない。
彼は生まれたときから周りと同じように成長し、周りと同じように老いを経験してきた。
百年前の彼は、どうやら老死だけは避けられないのだと、そう思っていた。
しかし、現実は異なる。
どれだけ歳をとっても、彼は亡くならなかった。
“不死”は“不死”だったのである。
繰り返すが、彼にとって唯一不明なのが《老死の可能性》であり、彼は老化を恐れている。
身体だけが歳を重ね、年々自由が効かなくなっている中で、老死出来るのかだけが分からない。
死ねないまま身体だけが死んでいくのが、彼には堪らなく恐ろしい。
今も続く胸の鼓動を、止めたくて仕方がない。
9/9/2024, 9:16:07 AM