記録

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「きめたの。もう二度と振り返ンないって」

ポエマーかよと、笑ってやりたくなった。
でも、彼女の頬を伝うちょっとした水を見ると、なんというか、言葉に詰まる。

僕は決して座り心地のよくない、防波堤の上にあぐらをかいた。
夕陽は見ずに、海を見る。
夕陽はまぶしいし、夕陽を見るのはポエマーじみてて、恥ずかしくは無いが、なんか嫌だった。

海は海で……うるさい。
それを言うなら、僕の隣の彼女のひざもだ。
うるさいほど震えていた。

「座れば」
「……あんたの隣にはすわんないってきめたもん。
もう二度と」

彼女は言いながら、子鹿のように防波堤を歩く。
どこに行くのかと思ったが、僕から二歩離れた場所に座っただけだった。

「隣じゃね。それ」
「ユイはそう思わない」

……つくづく価値観が違う。
僕は背のうしろに両手をつき、胸を空に広げた。
夕暮れ空はまぶしくていやだ、目がかすむ。

「あんたさ。片目スマホやめなよ」

ユイの方を向くと、ユイが顔を背けた。

「……内斜視になンだから」

ユイの髪は成長する事に茶色くなっていく。
今は夕陽の光線にあてられて、外人のように金髪にさえ見えた。
風にそよぎ、キランキラン輝いている。金色が夕焼けに消えて、ただ光だけが目に入るから、それはまるで妖精の粉が、舞っているみたいだった。

「きいてんのかテメー!?」

髪をふわっと揺らしてこちらを向く。
ユイの頬にしゃらしゃら髪が絡みついた。

「うん」
「うそつけ!なんの話してたか言ってみんかいさ」
「内斜視」
「……聞いてんなら返事くらいしてよ」

ユイは丸出しの膝小僧をしずかに抱える。
雪見だいふくのようなひざにアゴをのせ、海に沈む夕陽の方を見つめた。

「キモイ」

そして突然そう言った。

「無表情で言うことじゃないだろ」
「キモイから笑えん」
「笑えとは言ってないだろ」
「……そだね」

ユイは、自分のうすい爪を眺めている。
僕は立ち上がった。

「……かえるの?」

何も言わずに防波堤を下りる。
ユイは白い首筋を伸ばして僕を振り向いていた。
何も言わずに踵を返し、自転車にまたがる。

もう一度ユイを振り向くと、彼女はもう夕陽に夢中になっていた。


「もう二度と人を信用しない」
「もう二度と恋なんてしない」
なんていう宣言をカフェに置いてけぼりにして、ちゃっかり彼氏をつくる女性が好きだ。

3/24/2025, 11:03:34 AM