白い地平線の上に明るく澄んだ青空が広がり、その所々に千切れたようにして広がる雲が点在していた。
高度一万メートル上空から眺める景色は、どこもあまり変化のないものだった。いや、変化などあるわけがない──地上にあって変化するものの全てが、何もかも消えてなくなってしまったのだから。空からかろうじて分かるのは、かつての陸地と海の境界くらいでしかない。
──今までは探査機の映像でしか分からなかったけど。最近は廊下を歩く度に、これが見えるんだよね……。
立ち止まり、窓を眺めながら彼女は思いを巡らせた。
大した役目のない自分ですら、この白い大地を目にする度に、何と表現したらいいのか分からない、とてつもなくやり切れない気持ちになってしまうのだ。これがもっと大きな役目を背負っている人間ならば、その苦しみはどれほどのものだろうか。
彼が真正面から歩いてきたのは、そんなことを考えていた最中だった。
「やあ、おはよう」
「……おはよ」
「随分と暗い顔をしているね。何か心配ごとかな?」
日常のほとんどを朗らかな表情で過ごしている彼は、その表情通りの声色で私に話しかけてきた。
「……心配ごとというか、取り越し苦労というか──杞憂というか。変に考えすぎて、要らない力を使ってしまって疲れてしまって、それで憔悴しているというか……」
「それはほとんど答えじゃないか! 何てすぐに解決できそうなお悩みなんだ、是非私に相談してくれたまえ!」
「……そういうの、恋愛関係しか受け付けないんだと思ってた」
「お悩み相談は大好きさ」
嘘か真か判然としない様子ながらも、さあさあと急き立てるようにしてこちらに話すよう促してくる。口先で人を丸め込むことに関しては海千山千の彼に私が敵うはずもなく、私は全てを彼に話した。ただし、なるべく簡潔に。廊下を歩いてこの白い世界を見る度に、落ち込んでしまうのだ、と。話を聞いた彼は、満面の笑顔で私に告げた。
「ふむ。ならば話は早い──しばらく廊下は、目をつぶって走り抜けるといい!」
「……の、脳筋!」
私の反応の何が面白いのか、彼は声を上げて笑った。
「常に何にでも取り組んで全て真面目にやり切る必要なんかないよ。疲れているときに、疲れることはしちゃダメさ。今の君に必要なのは、力を温存して回復に回すことだよ。悪夢を見るにしたって気力体力は必要だからね。あまりに疲れすぎると夢すら見ずに朝が来たりするだろう?」
「……それは、まあ、確かに」
彼もまた、窓から見える白い大地を見る。表情は相変わらずだが、その雰囲気はどこか人ではないもののようだった──実際、厳密に言えば彼は人ではないのだが。
「何も変わらない、ずっと同じ景色を見続けるというのは、君が想像しているよりも過酷なものだ。疲弊して当然だよ」
彼のそのことばが、どうにも実感のこもった声色に聞こえた私は、よせばいいのに彼に尋ねてしまった。
「……それって、自分もそうだったから……?」
彼は、黙って微笑んだまま、私に向き直った。
「そういうことにした方が君が納得しやすいというのなら、それでもいいよ」
「……うん」
私は、目を閉じて大きく息を吐いた。そして、目の前の彼を見る。
「じゃあしばらくは、窓は見ないようにするね」
「走らないのかい?」
「……廊下は走っちゃダメなんだよ」
あれ、そうだったかい、なんておどける彼を見て、私も思わず笑ってしまう。
「──ああ、そういえば君を呼んでくるように言われて来たんだった。なるべく急ぎで、と」
「えっ、そうなの!? じゃあ早く行かなきゃじゃん!」
私はすぐさま踵を鳴らして駆け出した。それに彼が余裕綽綽といった様子で続く。
「こらこら、廊下は走っちゃダメなんじゃなかったかな?」
「緊急事態は別! 急ぐよ!」
笑いながらもさり気なく窓際に回ってくれた彼に、後でちゃんと礼を伝えよう、と思いながら、私は目的地に向けて走った──とりあえずは、前だけを見て。
1/16/2024, 4:44:47 AM