鏡の森 short stories

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#026 「そこに棲む魔物」

 わたしの日記帳には魔物が棲んでいる。
 いつもそうだ。日記なんて呼べるほど毎日何かを書くわけではないのに、たまに書いてみようと思った時に出てくるのはネガティブな言葉ばかり。まったく嫌になる。
 人を招くことなどないけど、いつ、どんなきっかけで人目に触れるか分からないから、具体的なことは何も書かない。おかげでその時々に何があったのかは分からないまま、ただ重苦しい言葉だけが並んでいく。
 今日も何もできなかった。今日こそは◯◯をしたかったのに。いつものスーパーで買い物中、◯◯な人を見かけて嫌な気分になった。わたしなら、明日こそは、今週中には……。

 出先でふと目に留まった一冊のノートが気に入ってしまって、日記帳にしたいと思った。
 どうせいつものように三日坊主になるんだろうけど、それでもいい。
 明るい花柄の上を可愛らしくデフォルメされた蜂が飛んでいる。この華やかな表紙に似合うよう、できなかったことよりできたことを、嫌だったことより嬉しかったことを、嫌いなものより好きなもののことを書こう。
 今日はそんな決意表明。翌日はさっそく見つけた、ささやかに嬉しかった出来事。その次の日は、何も書くことが思い浮かばず、日付だけを書いておしまい。
 日付だけの「日記」も三日目に入ると、もう何も書かなくていいやって気持ちになる。
 そうして本棚の隙間にノートを差し込んで、存在さえ忘れて。
 これもよくあるパターンのひとつ。どんなに願ったところで、そうそう毎日楽しい出来事なんてあるわけじゃない。
 むしろ現実は辛く、苦しく、生きづらい。
 日付さえ書かない日々より、面倒なら感情でも赤裸々に書いていく方がいくらかはマシなんだろうか。
 そんなことを考えながら、この魔物を飼い慣らして生きていく。
 そう━━
 飼い慣らして。
 気持ちを飼い慣らされて。

 ああ、可笑しい。
 いつから自分が飼い慣らす側だと錯覚していた?

お題/私の日記帳
2023.08.28/こどー

8/28/2023, 8:37:18 AM