楽園
楽園て、もっとキラキラしているものだと思っていた。一面に花が咲き乱れて薄い風に揺れて。苦しみも悲しみも飢えることもなく。
まさかこんなところが楽園だなんて。
私は疲れた身体を引き摺って、岩だらけの土の道を歩いていた。赤茶けた崩れやすい土。疎らな草。木なんてほとんど生えていない。照りつける太陽、乾いた大地。喉が渇くのも通り越して、いつからか汗も殆ど掻かなくなった。道の先はまだ進む。振り返っても道だけが続く。
疲れた。
道の端でとうとう座り込んだ。
暑い。痛い。ヒリヒリする。
見ると右腕の外側が赤く腫れていた。
せめて日陰があればなあ!
リュックを下ろそうとすると、肩紐が皮膚に擦れて痛い。
長袖を着るべきだったか……
覚えているのはそこまでだった。
は、と目が開いた。
あれ、屋根だ。あれ、ベッドだ。あれ?あれ?あの道は?
シーツに擦れて腕が痛い。痛い。
あの時の日焼け。ならばあの道は夢じゃなかったのか。
手首のあたりに何か巻かれている。針、管、辿ると、点滴……?病院……?にしては室内が雑多だ。カラフルなまちまちの色の壁に、カラーボックスがある。カーテンも襞が伸びて所々擦り切れている。ここは……どこだろ……?
しばらくして、カーテンが開いた。
浅黒くて目が大きな女の人だ。
「〜〜〜〜」
知らない言葉で話しかける。
「 」
声を出そうとして、気がついた。
あの言葉は、なんだ?私はどんな言葉を発すればいいんだ?あれ、声が出ないぞ?
「あ……あ、あ……あ……」
口を開いて声にならない声を出す私を見て、険しい顔で女の人が引っ込んだ。
あれ?なんか、おかしくないか?
やがて、カーテンが開き、恰幅のいい女の人が顔を出した。白い服に首から聴診器、ドクターかな?
「あ…あー、あー……あ……」
あれ、口の端からなんか出た。
涎……?と思って拭った手に違和感があったんだ。涎って、液体だよね、水分だよね、ならばこの、硬くてツルツルしたこれは、モゾモゾ動く、この正体は。
あー……あー……あー………
もうね、どうでもよくなったんだ。私はこの木の汁を吸ってさえいれば、もう満足なんだから。フックの効いたこの腕と、硬い殻があれば、例え暑くても耐えられる。硬いこの羽を広げれば、ほら、中に薄い羽根が。これでどこまでも跳んで行けるんだから。
「−−−木下涼子 日本国長野県出身、ブルキナファソにて熱中症で意識不明のところを発見、入院中に逃走、医師と看護師とによれば甲虫に変身したとの報告、現在彼らは入院中、本人は行方不明」
5/1/2026, 9:48:37 AM