「風を感じて」
散々である。
ただでさえつまらない毎日がこれほどまでに散々であると死にたくなる。
まず起きると出勤時間を過ぎていた。寝坊。遅刻。最悪。
上司のネチネチ説教が脳内再生される。
慌てて家を出ようと支度しているとダンスの角に足の小指を思い切りぶつけた。痛い。クソが。
骨折したんじゃないのかというほど赤く腫れるなんなてこともなくただただ痛みと怒りをグッと堪えて、家を出た。
しかしバス停まで全力ダッシュしていると小学生ぶりに頭から転けた。歳か。悲しい。
幸い怪我はなかったが、バスは乗り損なった。はい遅刻確定。絶望。
もうここまで来たら開き直るのが一番いい。
毎日一生懸命働いているんだからたまの遅刻くらい許されるべきでしょ。
というかもう帰って仮病でも使おうかしら。実際不調だし。小指が。
ミンミンと蝉がうるさい。
目の前を小学生たちがお行儀よく列に並んで通り過ぎた。色とりどりのランドセルと向日葵のように黄色い帽子。鮮やかで若さが眩しい。
まだ夏休みではないのだろうか。
こんなに小さな子供たちが学校に行っているのに私がサボるわけにはいかん。
私は汗をふいて次のバスを待った。
会社では散々を超える散々だった。
ネチネチ上司にネチネチされたのは予想通りだけれど、後輩がトラブルを起こして教育担当として一緒に大目玉を喰らってしまった。くそう…。
あれほど気をつけろと言ったのに…。
というか教育係も元々嫌だと言っていたのに。
後輩は嫌いではないが、自分一人の仕事だけでなく後輩の仕事も私の責任になるのはやはり何度考えても解せない。
そしてその後輩のフォローもしなければならない。
私の仕事に何のメリットがあるのだ。
給料2倍にしてくれるなら納得するのに。
落ち込んだ後輩を励ますつもりで一緒にランチを食べに行くと、財布を忘れた。
先輩らしく奢る予定だったのに後輩に頭を下げることになってしまった。ダサい。
散々後輩をこき下ろしたけれど借りを作ってしまった。まあお互い様。持ちつ持たれつってことか。
しかしトラブルの影響は大きく深夜まで残業する羽目になってしまった。
22時以降は残業禁止という社内ルールがあるから強制的にシャットダウンされてしまったが、明日も残業決定だろう。つらい。明日は推しアイドルの配信があったのに。
会社を出ると涼しい風が吹いていた。
最近ずっと猛暑続きだったから薄い生地のノースリーブの服を着ている。寒い。
先ほどまでデスクで冷房に当たっていたから余計だ。
鳥肌が止まらない。
あったかいラーメンでも食べて帰ろうと思ったけれど、行きつけの店が臨時休業だった。
まったく散々だ。本当に散々だ。
明日も散々だ。きっと明後日も明々後日も。
それでも毎日を止めるわけにはいかない。
こんな小さな散々くらいで死んでいられない。
希望を持たずにはいられない。
明日は明日の風が吹く。
私はコンビニで買った熱燗を片手に、夜風を切って家路についた。
8/10/2025, 12:36:59 PM