139

Open App

 幼い頃に共有した話。家族も他の友達も。お互い以外誰一人として知らない秘密。
「誰にも言わないって約束」
「うん、約束。死んでも言わない」
互いの小指を絡めて指切りげんまんを交わしたあの日。たくさん駆け回って熱った体に、ひんやりした風が心地よかった。

   *

 君と過ごす時間よりも、一人のことが多くて。他の友達や君の知らない人たちと過ごすことも増えてきた。君と連絡を取り合うことも年単位になってきたこの頃。夢の中で君と過ごした時間の中でも、秘密を共有したあの時を見た。
 目が覚めて、身支度を整えながら首を傾げた。
 あれほど約束だと強く指切りしておいて、肝心の内容が思い出せないのだ。自分が話した内容も、君が話してくれた内容も。
 出勤して業務に取り掛かっても、約束の内容が気になってしょうがなかった。気になりすぎて、仕事に集中できない。
 これはマズイと思って、昼休みに君へ電話をかけた。君と連絡を取るのは年末ぶりだ。
「はい」
「二人だけの秘密って覚えてる?」
「はぁ?」
 耳元で小馬鹿にしたような声が返ってきた。事情を説明してから改めて尋ねた。考えるかのような唸り声の後、君は言葉を続けた。
「そんなことやった?」
 俺よりも酷い回答だった。俺は指切りしたことだけは覚えていたので、君よりも記憶力がいいようだ。
「でもどうせくだらないことだろう。何組の誰々ちゃんが好き、とか。実は何歳までほにゃららしてた、とか」
「ほにゃらら? ちょっと詳しく」
「いや具体的に思いつかねぇから濁したんだよ」
 おねしょとか、兄弟で風呂入ってたとかそんなんじゃねぇの。
 まるでどうでも良さげな声に、少し怒りを覚えた。こちらは真剣に思い出そうとしているのに、なんだその態度は。
 昔なら感情のままぶつけていた言葉も、一旦飲み込むことができた。いちいち突っかかって喧嘩している時間がもったいないと思えるようになったからだ。言わなきゃいけないことは言うけれど、全部言う必要はない。大人になったからこそ割り切れる。
「おねしょとか兄弟で風呂とかは家族が知ってるじゃん」
「確かに」
「もっと子どもらしさもありつつ、大人に言ったらマズイ系を探っていかないと」
「わかったわかった。じゃあ次の飲みで話そう」
「議題は『あの日の指切りの意味とは』だな」
「学級会開くな。酒が飲みにくい」
 日にち連絡する、とだけ付け加えられて通話が切れた。結局欲しい答えは出なかったが、モヤモヤ考えていたことはさっぱりなくなった。午前の分を取り戻す勢いで仕事が捗った。

   *

 後日の仕事帰りに君と飲みに行って、電話で話した約束について議論した結果。
 あの時カードゲームが流行っていて誰が一番にレアカードを手に入れるかクラスで競い、参加してるかしてないか微妙なラインに立たされた俺と君が一番最初に引き当てて、クラスのリーダーポジションの奴にバレないように隠してたことか。
 または。
 公園で遊んでいたらボールを遊具に思いっきりぶつけて、なんかよくわからない部品のカケラが出てきて慌ててその遊具を普通に遊べると確認して、誰にも何も告げずに帰ったら、その年中にその遊具が撤去されてしまったことか。
 この二択まで絞れたがどちらだったかわからない。互いに頭を抱えながらレモンサワーを煽った。
「そもそも思い出さない方がいい。その方が死ぬまで言わなくて済む」
「確かに」
 最後は君に丸め込まれて、約束は分からずじまいのまま学級会はお開きとなった。



『二人だけの秘密』

5/3/2024, 2:57:16 PM