「俺たちの冒険はどこまでも続くんだ!」
手の中にある漫画では、主人公のケータは勇者の剣を振り上げた。ケータは魔法使いのリンと僧侶のチョーローとともに、崖の上から魔王城を見つめた。
これは、まぎれもない打ち切りエンド。
魔王は人間界を愛していて、それゆえに理想郷を作ろうと破壊を繰り返している。一方で、ケータは魔王と知らず何度も会って、友情を育んでいる最中なのに……キャラクターは魅力的だし、単純な勧善懲悪でもない人間讃歌。
なんで、こんなおもしろい漫画が打ち切られるんだろう。私はどこまでも連載を追いかけるつもりだったのに――と、カフェの扉が開いて、平岡さんが入ってきた。私が手を振ると、平岡さんは笑顔で歩いてきて席についた。
「香川さん、久しぶり。元気だった?」
「はい。おかげさまで」
平岡さんは目尻の皺が深くなったけれど、艶々のダークブラウンの髪と爽やかな笑顔は変わっていなかった。
「あ、香川さん、今も漫画好きなんだね。それおもしろい?」
「はい。でも、打ち切られちゃって」
「打ち切り?」
「雑誌連載の途中で、急に最終回になっちゃったんです。たぶん人気がないとかで」
「もう復活しないの?」
「はい、たぶん……」
平岡さんはコーヒーを啜ってから、長く息を吐いた。言葉じゃなく息だけが出てくるのは、きっと私の返事をわかっているから。それでも彼はカップを両手で包みながら、ひと呼吸置いてこちらを見た。
「……香川さん、うちの美容室に戻ってこない? 2号店を出したし、今でも香川さんを指名したいっていうお客さんがいるんだ」
「でも……私は人間関係で辞めたので」
三年前、私は平岡さんの美容室を辞めた。渚ちゃんという後輩と揉めて。つまらない小さな嫌味でも、疲れた体には堪えた。
「あれから人員を増やしたし、渚ちゃんとは別の店にする。というか、あのときは香川さんをうまく庇えなくて、申し訳ない」
「いえ」
「でも、渚ちゃんは実は……」
平岡さんが背筋を伸ばしたそのとき、スマホの通知が鳴った。正直、もう過去には戻りたくない。私は今の穏やかで退屈な職場で働き続けたい。
「すみません、通知が」
平岡さんから目を逸らして、スマホの画面を見る。と、そこには「アニメ化!」の文字が躍っていた。ケータと魔王が肩を組んだ絵とともに。私は目を見開いた。
「どうしたの? 急用?」
平岡さんが心配そうにこちらを見ている。
「いえ、大丈夫です」
私は慌ててスマホをひっくり返す。ケータと魔王が肩を組んでいた。それは、彼らの友情の証。あの最終回の続きがアニメで見られるのかもしれない。鼓動が速くなる。早く帰って、この情報を調べたい。
ここで過去をこねくり回している暇はない。
「平岡さん。ありがたいお話なんですが、私は戻る気はありません。お声がけいただいて、申し訳ありません」
頭を下げたけれど、平岡さんは「いやいや」と手を振りながら頭をかいた。
「いや、こっちの我儘だから。香川さんにはつい甘える癖がついちゃって、ごめん。渚ちゃんも甘えてたから」
「え?」
「渚ちゃん、香川さんに嫉妬っていうか、憧れてたんだよ」
一瞬、渚ちゃんの鋭い視線が脳をかすめる。
「そんな訳ないですよ。すごく睨まれたし……」
そう言いながら、脳裏にはケータと魔王の遭遇シーンが浮かんでいた。いかにも悪そうな魔王に斬りかかるケータ。戦いながらも、手負いのケータに事情を聞く魔王。
だけど、私は渚ちゃんに斬りかかりも、対話もしなかった。このままじゃ、すっきりした気持ちでアニメを観られない気がする。
「渚ちゃんと会わせてもらえることは可能ですか?」
言葉が口をついて出た。平岡さんの美容室に戻るかはわからない。でも、エンドロールはまだ終わっていない。そう思ってしまったから。
10/13/2025, 5:11:59 AM