とある恋人たちの日常。

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 カラン……。
 
 そんな音が鳴ったのはどれくらい前だったのか。
 溶けきった氷と汗をかききったグラスがその時間を物語っている。
 
 目の前にいる恋人は唇を尖らせ、眉間に皺を寄せながら俺を見つめていた。
 
 視線が痛い。
 
 彼女は俺の隣をちらりと見つめる。そこには松葉杖が二本立てかけられていた。
 
 そうです、俺の足は包帯ぐるぐる巻きになっております。
 あ、仕事で怪我したわけじゃないんです。
 
 先日、俺の大好きなクリームソーダの新作が出ると聞きまして。喜び勇んで階段を駆け下りたところ、足を滑らせて転げ落ちました。
 
 ええ、それは盛大に。
 
 職場では「俺らしい」と爆笑の渦だったんだけれど、一緒に住んでいる彼女はそうはいかなかった。
 
「ごめんね、しばらく迷惑かけちゃって……」
 
 そう言うと、キリッとした強い視線が俺を刺す。
 
「迷惑なんてかけられていません。不注意で怪我することに私怒っているんです!」
 
 へ?
 ああ、そっか。そうだった。
 
 じわじわと暖かいものが心に広がっていく。
 
 そうだ、そうだよ。
 彼女が怒るのは、俺が俺を大事にしない時だった。
 
 俺は彼女の手に自分の手を重ねると、潤んだ瞳が俺をしっかりと見つめてくれた。
 
「心配かけて、ごめん」
「本当です、落ち着いてください。罰として治るまでクリームソーダ出しませんからね」
 
 柔らかく笑ってくれるけれど、ほんの少しだけイジワルな笑顔。
 
「そんなぁ!」
「慌てて怪我したんですからダメです。治ったら美味しいの作ってあげます」
 
 軽くウィンクをしながら微笑む彼女を見て、もうしっかりと治さなきゃと俺は強く決意した。
 
 彼女に心配させないためにも。
 悲しませないためにも。
 
 
 
おわり
 
 
 
四四四、ぬるい炭酸と無口な君

8/3/2025, 11:52:17 AM