東京都練馬区の端の方にひっそりとある廃アパートの入り口をくぐると、すぐ左手に階段が見える。(エレベーターもあるが、既に使えなくなっていた。)その階段を三回分登り、奥から二番目の部屋。かつて私と、今は亡き彼女とが暮らしていた部屋である。中は何もなく、あるのは、玄関すぐ左の苔のこびりついた風呂場と、その逆の右側にある便所(これはそこまで古びてなく、いまも使えそうだった)、部屋には擦れた畳が四畳分、そして、押し入れと対称的に置かれた、私達が置いた箪笥が一台。重くて、業者が持っていくのを諦めたのだろう。
台所には、冷蔵庫以外、すべて取っ払われていた。
ここで、彼女の話をさせていただく。彼女は小学生の頃に出会い、それから時を共に過ごしていった。互いに互いを愛し合った。夢なのかも分からぬくらい、私は彼女を愛していた。彼女もきっと、そう思っていた。だが、彼女は突然、私の前から居なくなってしまった。原因は最近分かったのだが、どうやら信号無視の車に轢かれたらしかった。病院に急いできたが、もう遅かった。彼女の心臓はもう機能を喪っていた。深い悲しみと絶望を感じた。彼女の葬式の時も、私は涙を抑えられなかった。その後、私は彼女の父から手紙を受け取った。彼女が亡くなった後に私が引っ越し、そのアパートを出るというタイミングだった。その手紙に、彼女が隠していた手紙の存在がほのめかされていた。そして今、その手紙を探しに、私はここまで戻ってきたのである。
椅子は軋んでいた。私が座れば、すぐに壊れてしまうのではないか。そして私は、先ほど見た箪笥の中を、片っ端から見る。其処に手紙が確かにあった。彼女によって隠された手紙が、確かに残っていた。
前置きとして、「この手紙は、私が死んだ後に読んでください」と書かれていた。あの事故が起きなければ、きっと老いぼれてからこの手紙を読ませるつもりだったのだろう。
貴方は私を愛している
それは私も同じで
私はあなたを愛しているのです
この永く永く続いた愛に
終わりはないのです
あなたがこの隠された手紙を読んだとき
私はきっと現し世に居ません
居ないからと言って
私と貴方の愛は途切れることはありません
これまで沢山の思い出を作って行きました
ヨーロッパ一周の旅に行ったり、
アメリカのラスベガスでカジノを堪能したり
ハンバーグを一緒に作ってくれましたね
美味しかったですね
他にもまだまだたくさんあるけど
長々と書くのは嫌なので
ここまでにします
貴方を愛している
永遠に
彼女はどうやら、自身の老いを見据えて書いているらしかった。ヨーロッパとアメリカの下りは妄想だが、ハンバーグは本当だった。些細な日常が、私たちの何よりの幸せだった。なぜ、これほどのメッセージを隠そうと思ったのか、それはきっと彼女の純粋さ故であろう。
この隠された手紙を読んで、涙が出てきた。大した内容じゃないと思うかもしれない。だが、私の心は惹きつけられた。もう、彼女と会えない。幸せな日常を取り戻せない。
隠された手紙を持って、私はアパートを出た。もう二度と今日のことは忘れないだろう。風が今日も吹いている。その風に乗って、彼女が私の名を呼んだ気がした。
2/2/2025, 1:30:49 PM