針間碧

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『怖がり』

 まんじゅうこわい。かなり広くの人に知られている落語の演目の一つだ。話は単純。互いに怖いものを伝えあっていた時に、とある男だけは「何も怖くない」という。本当か問い詰めると、実は怖いものがある、というので何か尋ねると、「まんじゅう」と呟き、別の部屋にこもってしまう。残った者たちでいたずらを仕掛けようとその部屋に山盛りのまんじゅうを持っていくとその男はひどく狼狽しながらまんじゅうを食べきる。いたずらを仕掛けた者たちは騙されたと気づき、怒りながら本当に怖いものは何か聞くと、次に男はこう答えた。「お茶が怖い」と。
「で、その話がどうしたのさ」
「いや、この話って、別に怖くもないものを怖いと答えて食べられるように仕向けたって話でしょ?この話だとうまくいったけど、もしそれで周りの人たちが哀れに思って饅頭をその男から遠ざけるようにしたら、その男は一生饅頭食べられなかったんじゃないかって思って……」
「そんなことないでしょ。実は嘘だったんだって後でカミングアウトすればいいだけだし、そもそも周りの人たちがいたずらを仕掛けるような性格だってわかってたからこそ言ったのかもしれない。そのあたりはこの話にそこまで詳しくないからわからないけどね」
「そっかぁ。確かに。じゃあ大丈夫だね!」
「いや、それだけ?」
「うん、それだけ」
「…………」
「…………」
 話が終わってしまった。何がしたかったんだこの子は。いや脈絡もなく始まるのはいつものことだけど。
 話を続けるのも面倒だったのでそのままぼーっとしていると、また隣の友人が話を始めた。
「ねえ、怖いものってある?」
「このタイミングで聞く?」
「うん、なんとなく気になって」
「相変わらずだな。いやまあいいけど」
「で、何が怖いの?」
「うーん急に言われると困るけど……特に怖いものはないかな」
「え、怖いものないの?いろいろあるでしょ幽霊とかなんとか」
「その辺は基本いないと思っているので怖いと思わない」
「そう言って~本当は何か怖いもの、あるんでしょ?」
「…まあ、あるってっちゃあるか」
「それって何?」
「アンタ」
「え?」
「アンタのことが怖いよ」
 折角さっき落語の話をしたんだし、その流れにのってもいいだろう。そう思って放った言葉であった。きっとなんて返そうか悩んでいるのだろうなと友人を見てみると、そこには想像とは違う表情をした友人がいた。すごく悲しんでいるような、そんな表情であった。
「な、なんで私のこと怖いの?私そんなに怖いことしたっけ?」
「え、いや、あの」
「もしなにか悪いことしたのなら言って!直すから!」
「いや、さっきの『まんじゅうこわい』の話に合わせたかったんじゃないの?」
「え」
「え」
 どうやら違ったらしい。本当に怖いものが知りたかったようだ。話の意図が理解できたようで、友人は一瞬安堵した表情をし、すぐに怒り始めた。
「もう、本当のこと言ってよ!」
「ご、ごめんよ。さっきの『まんじゅうこわい』ってわかってくれるかと思って……」
「それはいいよ、で、本当に怖いものは何なの?」
「そこはいいんだ……。そうだね……」
 私は少し考えた。実際、怖いものはあまりない。そりゃあ自然災害とか、怖いものはいっぱいあるが、それは一般的に怖いものであって、私自身が怖いものではないだろう。それなら……。
「私は、『わからないもの』が怖いかな」
「わからないもの?」
「私は、科学的に説明できないものに対して恐怖を感じると思ってる。実際、昔の人は突然起こった現象に対して説明ができないから、妖怪がいる、と結論付けることによって恐怖を紛らわせていた、という話もあるし。だから、私は『理屈では説明をつけられないもの』が怖い」
「へぇ、なるほどね」
「そういう意味では、やっぱりアンタのことは怖いかな」
「え、なんで?」
「だって、私はアンタが次に何をするのか、何をしたいのか想像つかない。そうでなくてもアンタって理屈で説明つくような動きしないし。話の流れ理解しないし」
「それは言い過ぎでは?」
「とにかく、私は常に怖いものと一緒にいるというわけ」
 そういうと、今度は友人はとても笑顔になっていた。なぜだ。今私はアンタのことを怖いと言ったんだぞ。今度は嘘じゃないんだぞ。なぜアンタは喜んでいるんだ。
「え、こわっ……」
「わぁ、今度は本当だ!本当に私のこと怖いの?」
「言っておくけど、『わからないことが怖い』んであって、アンタのことを怖いと言っているわけじゃないからね」
「うんうん、わかってるよ」
「絶対わかってない……」
 なぜかわからないが、友人の機嫌はよくなったようだ。まあ悪くならなかっただけいいか。
 今度は隣で急に鼻歌を歌い始めた友人を、静かに見守った。

3/16/2024, 11:50:48 AM