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「高く高く」

放課後、職員室に鍵を返しにきた。鍵をフックにかけて、踵を返そうとした。瞬間、視界の端に『屋上』という文字が見えた。
魔が差した。

階段を3階分上がって、上がったことの無いあと1階分の階段を上る。1つのドアがある。『屋上』と書かれた札のついた鍵を、鍵穴に挿す。左に回すと、ガチャ。開いた。初めて来る屋上に恐る恐る足を進めて、何となく誰もいないことを確認した。ふぅ。と息を吐く。
フェンスに近づいて中庭を見下ろす。4階建ての屋上から見る中庭は意外と小さくて、こんなものだったかと思う。おもむろに靴を脱いで、鍵も床に置く。フェンスを越えるのが案外難しくて手こずってしまった。フェンスの外側、コンクリートの上に立つ。フェンスに腕をかけて、もう一度中庭を見下ろす。
誰もいない。恐怖はない。
手を離しかけたその時、頭上から何かが降ってきた。紙飛行機だった。それは何処からかふわふわと飛んできて、私の頭を掠めて、フェンスの内側に落ちた。私はその場にしゃがんで、フェンスの隙間から手を伸ばす。
あと少しのところで、屋上のドアが派手な音を立てて勢いよく開いた。驚いてそちらを見ると、そこにはこの学校の男子生徒が立っていた。
彼は走ってきたようで、はぁはぁと息を切らしながら屋上を見渡していた。その視線が私で止まると、ズカズカとこちらに歩いてきて、私の代わりに紙飛行機を拾い上げた。乱暴に開いて私の顔の前に差し出す。

『しぬな!』

そう書いてあった。よく見ると数学のテストの裏で、急いで書いたのか字が乱れていた。
私が、「なに」というと、彼は途端に顔色を変えて慌てている様子だった。これで止められると思っていたのだろう。私にかける言葉がないようで、わたわたと状況説明から始めた。

「と、隣の棟の3階!…の俺の教室から、俺帰るとこで、外見たら屋上に人いて、今にも飛びそうだから慌てて!」
彼はまとまらない日本語を連ね始めた。
「俺すぐ行こうとしたんだけど、ダッシュしても間に合わねぇって思って、紙飛行機なら最短距離で届くかなぁって」
あははと彼は笑う。いや、笑いかけられても困る。
「…どうして止めるの」
私は彼に問いかける。
「どうしてって…」
そこで彼は黙った。少しの間が空いて、
「…なぁ、どうしたら死なないでくれる?」
彼は突然真剣な表情になった。その表情に、少しびくりとする。
「…わかった!」
彼は急に大声を出して、フェンスの上から私に手を伸ばした。脇にズボっと手を入れられ、苛立ちと恥ずかしさで叫びそうになった。しかし彼は私を持ち上げ、いとも簡単にフェンスの内側に入れたので、私はその力の強さに驚いて声が出なかった。

「なぁ、俺と紙飛行機!勝負しようぜ!」
「はぁ?」何を言っているんだこのバカは。
どこからか紙をもう1枚取り出した彼は、おり慣れているようでさっさと紙飛行機を作り上げた。それを私に渡す。
私がおもむろに受け取ると、
「じゃあ行くぞー!せーのっ」強制的に始まって、私は体制不十分のまま飛ばした。それは、やはりすぐに落ちていく。
それに比べて、彼の飛ばした紙飛行機は、高く高く、太陽に向かって飛んでいった。
彼はそれを見ながら、私の肩を掴んで言った。

「やぁーい、負けた負けた!負けたから何でも言う事きけよー!」
私はまんまと煽られて、腹を立てる。
「何よ。聞く義理なんてないわ。だいたい、私はあなたを知らない。」
「俺は知ってる。」食い気味で答えるから驚いて見ると、真剣な面持ちで、彼は私を真っ直ぐ見ていた。

「好きです。付き合ってください。」

耳を赤くして彼は言った。
私は急すぎて何が何だか分からなかったけど、だんだんと顔が熱くなっていったのが分かった。

ここから始まり、彼は何度も私の自殺を妨害した。
それと同時に、私の隣で、私の人生を価値あるものに変えていった。

10/14/2024, 12:08:19 PM