【麦わら帽子】
「ほらね。ゆう。雨は一人だけに降り注ぐ訳じゃないんだよ。」
そう言って、祖父は被っていた麦わら帽子を僕の頭に乗せてくれた。勇人はブカブカな帽子が落ちないように手で押さえながら、祖父を見上げると、祖父は目を細めて空を見上げていた。
その年の春、眠った祖母に親戚のみんなは「大往生だ」なんて言ってたけど、勇人はよくわからずにいた。そして今年の夏休みも大好きな祖父の家に来ていた。
祖父はいつもと変わらず、勇人を笑顔で迎えてくれた。
雲一つない空の下、セミの声がうるさいほど鳴き、麦わら帽子を揺らしてる祖父の大きな背中に抱きつきながら、勇人は自転車に揺られている。
川の岸辺に着き、祖父と一緒に釣り竿を振りかぶって針を飛ばした。
「ゆう。学校は楽しいかい?」祖父は何気なく聞いてきた。
「学校は楽しいけど、雨の日の学校は嫌い。体育はできないし、服が濡れるし、服を汚すとお母さんに怒られるし、」
そうか、そうか、と笑顔で頷きながら聞いてくれる。
「ゆうのおばあちゃんも昔は"雨が嫌い"って言ってたんだよ。服は乾かないし、外にも出れないし、化粧も取れるからって。でも、おじいちゃんに会ってから好きになったんだって。」
「なんでおばあちゃんは雨が好きになったの?」
目を細めて釣り竿を見つめる祖父は
「雨が降ったら、傘を差してくれる人と一緒にいれる。もしその人が傘が無くても一緒に濡れると不思議と笑顔になるから。って。おばあちゃんは素敵な人だったんだよ。」
勇人は、ふーん。と返事ともいえない返事をして釣り糸を眺めていた。
すると、川面にポツポツと波紋が広がっていくのが見える。次第に雨は目で見えるほどになっていった。
「ほらね。ゆう。雨は一人だけに降り注ぐ訳じゃないんだよ。ゆうも大きくなったら、困ってる人に傘を差してあげれる人になるんだよ。」
そう言って、祖父は被っていた麦わら帽子を僕の頭に乗せてくれた。祖父を見上げると、祖父は目を細めていつまでも空を見上げていた。
8/11/2024, 2:37:49 PM