もうずいぶん経つが、あるきっかけから夜に眠れなくなってしまった時期があった。夜は起きて日中は眠る生活。必然、他人との交流は減り、部屋に籠ることが増えた。
当時住んでいたマンションは、窓から鉄道車両基地が見下ろせた。夜通し聞こえる点検の音。扉が開くときのチャイム。レールをゆっくり進む音。ブレーキ。
まだ日も昇りきらないAM4:55、始発電車が走り始める。その音を聴きながら、段々と色を変えていく空を見るのが当時のわたしの日課だった。
暗闇だと思っていた空が次第に群青色に明けてゆき、僅かに星々の輝きを残したまま、仄かに紅く染まる。太陽が登りきってしまえば消えてしまう色に、思わずシャッターを切る。
スマートフォンに群青色と紅色を収めたのを確認して、ようやく眠りにつく。それがわたしの「一日の終わり」の日課だった。
今では夜明けの空を眺める機会はずいぶん減った。夜明け前から徐々に増してゆく生活の気配にまどろみ、朝陽に起こされる。旅先の興奮で珍しく早起きをしたときに、偶然目にするくらいだ。
あの空の色を眺めていた日々は、わたしにとっての夜明け前だったのかもしれない。世間から逃れるように眠りながら、それでもきっと諦めたくなかったのだ。
あの夜明け前からずいぶん経つ。わたしは日の光を浴びて、笑ったり泣いたりしながら日々を生きている。
9/13/2023, 10:57:46 AM