『怖がり』
新しい靴は、まだ足に馴染んでいない。 少し歩幅を広げるだけで、アスファルトの上でぎこちない音が鳴る。
幼い頃から、僕は常に安全な道ばかりを選んできた。石橋を叩いて、結局渡らないような人間だ。傷つくことや失敗することを極端に恐れる、筋金入りの「怖がり」である。
今日から始まる新しい生活。見慣れない街並み、初めて降りる駅、そして目の前にそびえ立つ真新しいゲート。 周囲では、期待に胸を膨らませた人々が足早に通り過ぎていく。その中で、僕だけが足の裏を地面に縫い付けられたように動けずにいた。
「やっぱり、僕には無理なんじゃないか」 弱気な感情が胸の奥で渦を巻く。引き返すなら今だ、という甘い誘惑が頭をよぎり、思わずうつむいたその時だった。
ふわりと、どこからか桜の匂いを孕んだ空気が通り抜けた。
春風が、怖がる僕の背中を押す。
それは、ほんの僅かな風の力に過ぎなかったけれど。まるで「大丈夫だ」と誰かに言われたような気がした。
冷たかった指先に少しだけ力が戻る。 完全に恐怖が消え去ったわけではない。それでも僕は一つだけ大きく深呼吸をして、まだ見ぬ世界へと、ぎこちない一歩を踏み出した。
3/16/2026, 5:05:42 PM