ミミッキュ

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"命が燃え尽きるまで"

「はぁーっ、今日は早めに片付いたなぁ…」
 完全に日が落ちてはいるが、アナログ時計は午後6時半頃を指している。まだ暑い日は続くが最近日が短くなってきて、今暦の上では秋である事を感じる。先程印刷した書類を纏めたファイルを棚に仕舞い、棚の前に立ったまま、これからどうしようかと考える。
 明日の業務の準備は印刷中に済ませてある。医療機器の点検もこの間やってあって、どこも異常は見当たらなかった。
「あと思い付くのは…」
 と、戸棚の扉に目を向け、扉に手を伸ばして開ける。フルートが入ったケースと、そのケースの上のノートがあった。ケースの上のノートに手を伸ばして扉を閉める。
 そのノートには、学生が使うような罫線が印刷されたノートではなく、五線譜がページいっぱいに印刷された楽譜ノート。パラパラと捲ると、今までアレンジした曲名と、音階を記した手書きの楽譜が何ページも埋めていた。記号など、そもそも自分しか見ないのでほとんど書いていない。書いているのは音階を表す音符とブレスを表す記号(『v』)のみ。
 そしてまだアレンジ中のページを見る。もう大体形はできていて、あとは実際に吹いてみて音階やブレスの位置を調整するだけ。だけど
「珍しくこんな早く終わったんだし、折角なら新しいの見つけるか…」
 そう思い立って、椅子に座りデスクの上に置いていたスマホを手に取って動画サイトを開く。なんか良いのねぇかなぁ…。と、幾つか聴きながら探していると気になる1曲を見つけた。女性バンドなのに壮大な曲調で圧倒された。
「こういう曲もありかも…」
 と、音楽アプリを開いて検索タブに曲名を入れて検索し、ダウンロード。そして歌詞を見ながら曲を再生する。
 イントロはさっき動画サイトで聴いたのと同じ。やっぱり壮大でかっこいい。そして気になるは歌詞。冒頭からすでに胸に刺さっている。
『躍動してゆけ 私に宿った信念
大地に根を張り 天を揺さぶるように
絶望のときこそ 強く輝くときよ
世界は 此処から始まった
この場所で 戦うと 誓った あの日』
 あの時の自分を想起させる歌詞。あの、独りよがりの一匹狼だった自分…。他人から与えられた場所や地位や名声は、ちょっとした切っ掛けで脆く儚く崩れ去る。だから全て、自分の手で、誰の手も借りずに居場所を作り、闇医者として裏社会に入った。全ては、あの時のリベンジの為、あの時成し遂げられなかった事を遂行する為。その為の力を付けるのに必要な要素を全て、自分の手で掴んだ。
『闇を知るからこそ 光を抱いていられた』
「……」
 言葉にならないが、なんか引っかかるな…。そう思いながら、デスクの傍らに置いていた開封済みのプロテインバーの箱の中から1本取り出し、ゆっくりと一齧りし、モソモソと咀嚼する。
『全てを想い 全てを受け入れ
此処にいるの』
 その後はモソモソと、プロテインバーをゆっくり齧りながら曲を一通り聴いていく事にした。
『他人から見れば たとえ愚かであっても
私は私よ 存在は誇り高く
唯一の宿命 轟け』
 また1口齧ろうとした手が、ピタリ、と止まる。
『この場所で 生きてゆく 命の 限り
血潮は 熱く共鳴して』
 なんか、チクチク刺さるのばっか…。プロテインバーの箱の横に置いてあるマグカップに手を伸ばして、まだ中に半分以上残っているコーヒーを、ズズ…、と啜る。
『雨に濡れても 陽を浴びることを諦めず』
 確かにあの日雨だったし、再戦を望んでずっと力を積み上げていた。
 もうあの時の俺じゃない。あの時は完全にレベルの差を見せ付けられたけど挫けず立ち上がって、お前と同じ所まで来たぞ、と。そして、一時的でも1人じゃないことの心強さを知った。
 …なんでこんなチクチク刺さるやつばっか選んじまうんだ、俺…?
『全てを掛ける覚悟があれば(きっと)
どんな幕開けも 燦然と咲いていられる』
 またコーヒーを啜り、そのまま曲の終わりまで聴き入った。
 全てを掛ける覚悟、か…。

 一通り聴いて思った事は先ず、ブレスの位置が難しい。最初は大まかな場所に置いて、吹いてみながら位置を動かしたり増やしたりして調整するか。あと運指。音程の高低差が激しかったので、きっと楽譜以上に時間がかかりそうだ。
 指つりそうだな〜…、指の筋トレするか?なんて事を考えながら、残りのプロテインバーを口に放り込み、ペン立てからシャーペンと小箱から消しゴムを取り出し、再び曲を再生して、アレンジを始めた。

9/14/2023, 11:01:44 AM