黒瀬くらげ

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僕は君を殺した



痛い。辛い。苦しい。
誰か助けて。

「ねぇ、やめなよ」

誰だろ。僕を助けてもいいことなんか無いのに。

「大丈夫?」
「え、うん...」
「名前は?」
「僕は...律」
「りつ?」
「うん...平井 律...君は?」
「俺の名前?」
「うん...そう」
「俺は朝霧 天音」
「あまね...いいな」
「え?」
「いや、あまねって名前いいなって」
「そうかな?」
「うん」
「ねぇ...朝霧さん」
「あまねで良いよ」
「え...あ、うん」
いきなり呼び捨てか。何なんだろ...この人。
「ねぇ...あまね」
「ん?」
「なんで僕を助けたの」
「...」
「僕が殴られてんのなんか無視した方がいいのに」
「だって痛かったでしょ?」
「......」
痛かった。殴られるのも、暴言吐かれるのも嫌だ。
辛かった。助けて欲しかった。でも...
「でも僕に関わったらあいつらが―」
「そんなのどうでもいい」
「え...」
「りつが助かるんだったらなんでもいい」
何なんだ。今まで僕の事見向きもしなかったのに。
今更助けられても信用できない。
今の言葉も信用しない。
きっと僕のことを裏で嘲笑ってんだ。
弱くて何も出来ない雑魚だって。
だったら...
「とにかく僕とはもう関わらない方がいい」
「なんで」
「君には関係ない」
「ちょっと待っ―」
僕はずっと前に決めてた。人は信用しない。
もういい。全部一人でやる。邪魔しないでくれ。


「ねぇ、やめなよ」
「大丈夫?」
「だって痛かったでしょ?」
「そんなのどうでもいい」
「りつが助かるんだったらなんでもいい」
「俺は朝霧 天音」
...何なんだよ。もう、人は信用しない。
皆助けてくれない。皆、僕を嘲笑う。
弱いやつだって。可哀想なやつだって。
皆、僕のことなんか...
「りつが助かるんだったらなんでもいい」
弱いやつ、可哀想なやつだって......
「だって痛かったでしょ?」
痛いよ。苦しいよ。辛いよ。悲しいよ。悔しいよ。

「りつが助かるんだったらなんでもいい」

もし...もしあまねが本当に思ってるんだとしたら。
もし、本当に助けてくれるとしたら。
助けて。


「......」
人の机に花瓶なんか置くなよ。
僕はまだ死んでない。
またあいつらだ。
なんで同じクラスにするんだろ。
先生も皆、僕のことなんか―

「朝霧が平井と話してたらしいよ」

「マジか」
「えー朝霧君かっこいいのに勿体なぁーい」
「ねーほんと、平井ってあの雑魚のことっしょ?」
「おいやめろよw可哀想だろ」
あまねが僕と話してるところ見られたのか。
だからやめろって言ったのに。
「りつ」
あいつら、ついでに僕のこと言ったし。
ほんとに同じ人間とは思えない。
「りつ」
いつもそうだ。周りの奴らも見て笑ってるだけ。
皆、ヘラヘラして。気持ち悪い。

「りつ」

「...!」
「...あまね」
「おはよ」
「なんで来たの」
「昨日、中途半端な感じで終わっちゃったから」
「僕にはもう関わるなって言ったよね」
「関わらない方がいいって言われた」
「同じ意味だよ」
「いや違う」
「あまね、君は僕に......」
皆がこっち見てる。
「りつ?」
「あまね、違うところで話そう」
「わかった」


「りつ...関わるなってどういうこと」
「矛先があまねに向くってこと」
「...」
「クラスで言ってたんだ」
「「朝霧が平井と話してる」って」
「俺がりつと話して何がダメなの」
「わからないの?僕が気持ち悪いからだよ」
「気持ち悪い?」
「弱くて何も出来ない無能だから気持ち悪い」
「...」
「そんなやつとあまねが話してたら―」

「なんでそんなこと言うの」

なんで...なんであまねがそんな顔をするの。
辛いのはこっちなのに。痛いのは僕なのに。

「僕は矛先があまねに向くのが嫌だ。
僕が殴られてるのを助けてくれた。
でも僕を助けたから次はあまねが殴られる
かもしれない。暴言を吐かれるかもしれない。
それが嫌だから。もう関わらないで」
「わかった」
「...じゃあ、あの時助けてくれてありが―」
「嫌だ」
「...え」
「りつが関わって欲しくない理由はわかった。
でも、嫌だ。俺はりつと関わる。それは
俺が決めることだから」
「ねぇ...なんで今なの」
「...え?」
「今まで僕のことなんか見向きもしなかったのに」
「りつってあんま周り見ないでしょ」
「は...?」
「俺、転校生だよ」
「うそ」
「ほんと」
「え、じゃあ尚更なんで」
「俺と似てたから」
「...え、今なんて――」
「なんでもない」

あまねの顔が、見たこともないくらい悲しかった。
触れちゃいけないってすぐに理解した。


それからあまねとはいっぱい話した。あいつらの
僕に対する暴力とか暴言は変わらなかった。
変わったことは、皆のあまねへの対応だ。
あまねが僕と関わったことで矛先があまねにも
向いた。
そして...最近あまねのケガが増えた。


「あまね...大丈夫?」
「え?何が?」
「最近ケガ増えてる」
「あーwうん、大丈夫」
「本当に?」
「うん」
「やっぱり僕なんかに関わらない方が――」
「そんなこと言わないで」
「でも...僕のせいだ」
「りつのせいじゃないよ」
「ごめん」
「なんで謝るの?」
「僕は助けて貰ったのにあまねのこと
助けられてないから」
「俺は助けられなくても平気だよ」
「......」
「心配かけてごめんね」
「...」

ごめん。あまね。
僕、君を助けることが出来ない。
僕が弱いから。僕が無能だから。
胸を張って「あまねのこと守らせて」って
言えなかった。守れる自信がなかった。

「...あまねは優しいね 」
「...? なんでそう思うの」
「いつか話すよ」
「なんだよそれw」


あまねと出会ってから、あまねが助けてくれてから
半年経った。
あれから、だんだん僕への暴言、暴力が減った。
それと同時にだんだんあまねの怪我が増えた。
そのことについて何回もあまねに大丈夫か聞いた。
でもいつもあまねは笑ってあしらった。
助けたい。
でも本人が大丈夫と言う限り何も出来ない。
僕は、なるべくあまねの発言を意識して生活した。
助けて欲しいような発言を探してた。
でも、あまねからのSOSは見つからなかった。


僕は今日普通に登校していた。
普通に学校に行って、普通に上履きを履いて、
普通に教室に入って、普通に朝会に参加した。
朝会では悲しいお知らせがあるって
校長が言ってた。
僕は あまり僕には関係ない話だ って思った。

「今日は皆さんに悲しいお知らせがあります」

――朝霧 天音さんが亡くなりました――

「は...?」
なんで...事故?交通事故とか?
それか事件?誰かに殺された?なんで?
なんで死んだの。

「昨夜、自宅で自殺を――」

嘘だ。自殺なんて、嘘だ。
あまねは...大丈夫って..ずっと.........
え?いない?もういないの?
あまねが死んだ? 嘘つけ。
昨日まで...一緒に.....


僕はあちこち探しまわった。
いないはずない。昨日までいたんだ。

あまねのクラスに行った。
あまねの机には...花瓶が置かれていた。
あまねの荷物も何も無くて
本当にあまねが死んじゃってるみたいな。
でも、まだわからない。
死んでなんてない。そんなわけない。

僕は今まであまねと歩いた場所を駆け巡った。
学校は早退した。学校なんかより大切だった。
僕にとってあまねは...
ダメだ。あまねがいなくなったら僕は...
嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。
嫌だ。そんなの考えられない。

そうだ...昨日あまねから教科書を借りてた。
届けに行こう。返さなきゃ。
会わなきゃ。あまねに。

僕はあまねから借りてた教科書をもって
家から飛び出そうとした。
その時――
1枚の紙が教科書から落ちた。
僕は...その紙を手に取った。
その紙は、メモ用紙のようなもので
そこまで大きくはなかった。
紙には...ただ一言......

「ごめんね」

そう書かれてた。





僕は今、学校にいる。
手の中にあるメモ用紙のような紙は、
強くにぎりしめたせいか
くしゃくしゃになってしまった。
僕はあれから2週間。あまねを探した。
今まで行った場所。あまねが好きな場所。
よく立ち止まって話した場所。
初めて会った場所。
隅から隅まで探した。だけど
どれだけ探しても
あまねなんてどこもいなくて。
皆があまねの死を忘れて笑顔で過ごしていた。
どれだけ探しても
どれだけ呼んでも
いない。
僕がどれだけ殴られても
あの時みたいに...

「ねぇ、やめなよ」

あの時みたいに...助けに来てくれない。

こうやって振り返ると
最悪な人生だったな......
でも...あまねに出会えたことが唯一の救いだった。
最悪だったけど、良かった。
ごめん。あまね。僕は助けてもらったのに。
僕は君のことを助けられなかった。

「ごめんね」

なんで君が謝るの。僕が悪いのに。
僕と関わらなかったら、こんなことには...
僕のせい...僕のせいだ。
僕が悪い。あまねの優しさに甘えてた。
最期の最後まであまねは優しかったな。
それに比べて僕は...
ごめん。あまね。ごめんなさい。


もう...そっちに逝くから。
待ってて。すぐに会いに逝くから。
もう...一人で抱え込ませないから。
また、会ったらちゃんと謝るね。
ごめんね。あまね。


そういえばあの時――

「俺と似てたから」

なんで僕を助けたか聞いた時にあまねが答えた。
どういう意味だったんだろう。
また会ったらちゃんと聞こう。

―――あれ。
頭から落ちたのかな。
飛び降りって...こんな痛いんだ。
血が出てるのがわかる。
痛い。
あれ...何だっけ。
僕にとって大切な人。
忘れちゃいけないこと。
何だっけ。
誰?
痛いよ。
痛い...



痛い。辛い。苦しい。
誰か助けて。
















END

5/2/2023, 4:37:47 PM