[桜散る]
桜が散った。それはもう見事な桜吹雪として。
一際強く吹いたその風は、私の涙も散らして吹き過ぎていった。
「……はあ。失恋ってしんどい」
「保原さん、怪異に同調しすぎるのは危ないよ」
お向かいに立ってた東雲君が、さくっと私に釘を刺す。
「そうかもだけどさ。せつないんだもん。仕方ない」
私は目に残ってた涙を中指で擦りながら、失恋の余韻を吐き出す。
「東雲君は何も思わなかったの? この木がずっと、桜を咲かせ続けた想いを受け取ってさ」
「……思わなかったよ。だから“彼”は謝ったんだ」
「そっか。そうだね」
それでもしんみりしていると、東雲君は呆れたように息を吐いて背中を向けた。
「ほら。田原堂の餅グラタン食べるんでしょ。早く行かないと閉まるよ」
「あ。うん」
慌てて彼を追いかける。
追いつく直前、東雲君は私をちらっと振り返った。
「もし保原さんに好きな人できたら手伝ってあげる」
「え? なんで?」
「“彼”の気持ちは分かんなかったけど、保原さんが失恋する姿は見たくないからね」
だから安心していいよと言った東雲君の歩幅は、何故かさっきより少し大きかった。
4/17/2023, 1:10:28 PM