私には、誰にも言えない秘密がある。
私は随分と順風満帆な人生を送ってきたと思う。名門の大学を卒業し、一流の企業に就職し、会社で一番美人だと言われていた女性と結婚し、一等地に家を建て、子宝にも恵まれた。今は、子供も名門の大学合格間違いなしと太鼓判を押され、私もまた、昇進した。
誰からも羨まれる、絵に描いたような人生。
同窓会でも、懇親会でも話題の的。家には50を迎えても劣らない美しい妻。優秀な子供達。
それでも、私はずっとずっと心に澱みを抱えたまま生きてきた。
この澱みから目を逸らして、澱みを抱えたまま死にゆくものだと思ってきた。
彼女が現れるまで。
我が子より少し年が上に見える、おっとりした雰囲気の女性。ややふくよかで、美人とは言い難いものの、どこか惹き付けられる魅力があった。
会社の受付で呼び出されたかと思ったら、古ぼけたノートを押し付けられたのだ。彼女は一言だけ
「私は、娘です。」
とだけ言うと、すぐに踵を返して去っていった。普通なら、失礼な事だと警備に連絡するなり、押し付けられたノートもすぐに捨てるのだろう。しかし私にはそれをされるだけの心当たりがあった。
心の澱みが浮かび上がっては、弾けそうだった。
夜、家族が寝静まった後に書斎で件のノートをそっと開いた。
「あぁ…」
溢れ出た呻き声が夜の空気を震わせる。
彼女はどれだけ私を待ちわびただろう。
一流になって迎えに行くと言った私を。
日々のなんてことない日常を羅列したノートの文字をゆっくりなぞる。
私は逃げたのだ。親を亡くし、この世でたったひとりの家族たる妹から。
妹は、親を亡くした悲しみや、不自由になった体の鬱憤を私への愛でなくそうとした。
そして、それが執着になった。
日記の最後には私への熱烈な愛で埋めつくされていた。
1/18/2024, 1:36:18 PM