父の個室に足を踏み入れると
見慣れない大きなブロンズ像
壁には風景画
病室にこんなものなかったはず
一緒に訪れた母も驚いていたが
父が病床から百貨店の外商に連絡して
買い入れたものらしい
子どもだった私にその是非はわからなかったが
周囲がにじませる呆れた雰囲気は感じた
その後本人も美術品も病院から無事搬出され
武勇伝か笑い話のように扱われていたけれど
あれから程なくして世を去った父は
大勢で賑やかにするのが好きで
人一倍子煩悩で家庭を大切にしていた
いつも前向きで
悲観や無気力を嫌った
真っ白で殺風景な病室でひとり
運命を呪ったり自分を憐れんだりするよりも
美しいものを目にすることのできる喜びと
いま命がある幸運に感謝していたかったのか
ずっと理解できないまま
記憶の底に沈んでいたけれど
いつか入院したり施設に入ったりする時には
この絵とこの絵を部屋に飾れたらいいな、
などと考えていると
心の奥の扉が不意に開いて
あの時の父の思いが静かに胸を浸した
「病室」
#183
8/2/2023, 10:56:33 AM