君の心臓は、ベートーベンも弾けない。
金で、顔面を整備する嬢子と、わたしが腰掛けるコンクリート道路は、ロクに“踏む”人間もない、という点から同等だ。
コンクリート道の左方は、田んぼのために落窪んである。
わたしは、その、30センチホドある窪みへ足をつっこんでいて、田んぼから発せられる生ぬるい温度と、暑くうるさいカエルの鳴き声を、浮いた足裏へ感じていた。
「あわい初恋、消えた日は……
雨がシト、シト、ふっていたぁ……」
さめざめと歌う。
カエルがほとんどかき消すし、このコンクリート道は、車が通れるほど太くなく、自転車が通るほど先になにかある訳でもない。
わたしは、田んぼの水面を見つめながら、足を揺らした。
「幼い、わたしは、胸こがし……
慕い続けた、人の、名は……」
別段、この歌に思い入れがある訳では無い。
気がつくと、頭の中に流れているのが、この曲であるというだけだ。
ふと、田んぼの水面に波紋が広がる。
タニシが跳ねたんだな、そうに違いないな。
飛び降りて、ジーンと足が響く。
その余韻に歩けずいるわたしを、自転車で追い越しながら、君は笑った。
「運動神経が悪い人だな、とか、
思われてんだろうな」
君が自転車で下って行った坂を、わたしは登る。
四方八方から飛ぶセミの鳴き声。
耳に、腕に、足にまでまとわりついて、だるい。
汗がジンジン湧いてきて、タポタポ、山道の傾斜を滑る。
滑って、すべって、山を降りて、君の自転車に踏まれて、散って、って、暑さで脳までうだってんのかな。
だんだん、フラっとしてきて、セミのやんちゃな声が遠くなっていって、フラフラして、すごーくうがうがして、次には目の前に、地面があった。
倒れる。
フカッとベッドが反発して、わたしは、シーツの底から浮いてくる。
「連絡先ゲットォ……っ!」
わたしの手には、携帯。
モゾっとベッドでもがき、枕に這い寄って、頭をのせた。
なんて送ろうかな。
『佐々木です』
「佐々木です……」
声に出して読んでみて、眉間にシワをよせた。
『今日連絡先もらった、佐々木です😀‼️』
「今日連絡先もらった佐々木です……!」
すぐに、×ボタンを押し込む。
『こんばんわ、佐々木です。よろしくね』
「こんばんわ、さ……ないな」
×ボタンを連打して、文字ボックスがクリーンになると、またわたしの頭も真っ白になる。
エアコンから出てくる冷たい空気、脳を冷やすにはまだまだぬるい。
「あ」
携帯に目を落とすと、いつのまにか、君から連絡来てた。
メッセージと、その横の既読、時間表示と、携帯の左上にある時計を見比べる……
「はずっ……っかし!」
なにを送ろうかって、試行錯誤してたのが全部バレたみたいな、顔の赤さだったと思う。
今のわたしの顔も、熱を持っていて、髪は水かぶったみたいにへばりついている。
暑くむさ苦しい顔で、涼しい恋の歌歌ってんだもんな、妖怪だな。
わたしが歌うのを止めても、カエルはやめない。
はじめから、聞こえてないみたいな。
ため息つくのも億劫で、足をコンクリートに上げるのも億劫で、なにもしない自分も億劫だ。
足元を見て、脱げそうなサンダルを見つめて、それが時々ぼやけては、瞬きすると、田んぼの水に波紋がある。
どう思われてたんだろう。
君の心臓は、ベートーベンも弾けない。
だろうな。
「んへ、っフフフ……」
8/13/2024, 5:42:38 AM