すゞめ

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 夏は苦手だが、いざ夏が過ぎ去ってしまうとアンテナが鈍る。
 紅葉……を見に行こうにも昨今の厳しい猛暑で、葉が艶やかに色づく時期は年々ずれ込んでいる気がした。
 近所に植えられているイチョウはギンナンは落ち始めてきているが、黄葉にはいたっていない。
 澄み渡った青空を彩る朱色や黄色のコントラストを楽しむ頃には、彼女は俺とのデートどころではなくなっているはずだ。

 ギリギリ、彼女の機嫌次第でハロウィンというイベントを乱用しまくり、イチャイチャするのはありではあるし、するつもりでいる。
 しかし、それはそれとしてしっとりと落ち着いたデートがしたい。
 コントラストを落としたビターチョコのようなワンピースや、赤ワインのような大人びた色合いのカーディガンを着た彼女の写真を撮りたかった。
 夏とは打って変わって、秋は素早く移ろいでいくクセして、レディースの洋服のバリエーションが豊富すぎる。
 検索で「服」としか打っていないのにレディースのファッションアイテムが画像で羅列されていくのは、そろそろヤバい気がしてきた。

 あ、この白いニットワンピースも絶対にかわいいに違いない。

 燃え盛るほどに赤く染まったモミジやカエデの下で、全身真っ白な服で身を包んだ彼女が歩くとかマジ天使。

 いや、どんな装いだろうが彼女が天使には変わりないのだ。
 青葉のモミジのままでいいから、都内の公園を連れ回すのもアリかもしれない。

 そうと決まれば、俺はすぐに行動に移る。
 徹底的に彼女に合いそうな赤い服を探し始めた。
 しかし、突如としてヒラヒラした黄金色のオフショルブラウスが現れる。

 なんということだっ!
 なんということだっ!

 俺としたことが黄色という選択肢を忘れていたなんて。
 しかも彼女が黄色の服を着ている姿をあまり見たことがなかった。
 しかもこのデザインならジーンズにも合わせやすそうである。
 彼女にちょっとチュッチュして絡んでなし崩せば、あっさり着てくれそうな気がした。

 俺はポチッと、黄色のオフショルブラウスの購入ボタンを押す。

   *

 数日後、例のオフショルブラウスが俺の手元に届く。

 彼女と寝食をともにするようになって、しばらく経った。
 おかげで、彼女の言葉足らず病が俺にも移ってきたのかもしれない。

 購入した黄色い服を広げながら、リビングで眠たそうに寝支度を整えている彼女に俺は声をかけた。

「ちょっと今から俺と一発ヤッてもらったあと、この服着てみましょうか?」

 うわ、ヤベ!
 先走りすぎて絶対に言い方間違えた……ッ!!

 ぽやぽやと重たそうに瞬きをしていた彼女の瞼はガッツリと持ち上げられ、鋭く俺を睨みつける。

「あの……」

 バッチィィィン!!

 弁明をする猶予もなく、俺の頬に燃えるような赤いモミジの葉がひとつ咲いた。

「最っっっ低!!」
「すみません……っ!!」

 眉をつり上げてキャンキャン吠えて捲し立てる彼女の目の前で、俺はすぐさま正座をして背筋を伸ばす。

「ちょっとは言い方に遠慮を加えろよっ!?」
「それは本当にごもっともですっ!!」

 彼女の勢いをそのまま借りて、腰を曲げて額をカーペットに押しつけた。

「それで、この服がなにっ!?」
「あなたに紅葉してほしくて買ってしまいました!」
「え、ごめん。なんて?」
「美しく紅葉していくあなたを心ゆくまで鑑賞したいです!!」
「ちょっと待て、いったん落ち着け。ホントに意味がわからなくなった!」

 俺のすぐ横に置いていた服がもう1着ある。

 黄色のオフショルブラウスを購入する際におすすめとして出てきた、ワインレッドのロングスカートだ。
 細いプリーツとサテンリボンがかわいくて、気づいたらカートに入っていたのである。

「黄色がダメなら赤色も用意してありますっ!」

 オフショルブラウスがダメだった場合、保険にもなると思ったのも事実だ。

「げえっ!? ロングスカートはやめろって言ってるじゃんっ!?」
「かわいさがスーパーノヴァしちゃうからですよね!? わかります!」
「違うっ! ……とりあえず、着るなら黄色のオフショルだからなっ!?」

 あまりにもあっさり了承する彼女に、つい勢いで顔を上げてしまった。

「はあっ!? なに勝手に了承してくれちゃってんるですか!? 俺はまだなし崩していませんっ!」
「おい。今度は右側、グーで行くぞ?」

 絶対零度の眼差しで見下ろされ、慌てて再度頭を下げる。
 いきなり抑揚が消え去った声音に背筋が凍った。

「ほ、本当に申しわけございません……っ」
「その服を着るのは別にいいけど、今日は私に触らないで」
「そ、そんなっ……!?」

 日付が変わるまであと3時間もあるのにっ!?
 その間に絶対彼女はすぴすぴとかわいい寝息を立てて寝てしまうのにっ!?

 恐る恐る顔を上げて、ダメ元で彼女に懇願してみる。

「お、おやすみのちゅうも、ダメですか……?」
「さ、わ、ら、な、い、でっ!」

 イヤだあああああああっ!!!!

 自業自得ではあるが、実刑が重すぎる。
 日付が変わるまで、俺はぺしょぺしょになるまで泣き崩れるのだった。


『燃える葉』

10/6/2025, 10:12:00 PM