せつか

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雨は嫌いです。

なぜ? と問うと押し潰されるような気がするからです。と彼は答えた。
太陽が灰色の雲に遮られ、雨音が人の声をかき消してしまう。視界も不明瞭になり、まとわりつく湿気が髪をうねらせ、体力を奪う。
何もかもが嫌いです。そう言って、わずかに唇を尖らせた彼の横顔を小さく笑って見つめる。

普段は滅多に不平不満など言わない彼が、こと雨に関してはまるで子供のように理不尽な文句を言い募る。彼の金髪が確かにいつもよりうねっているのを見つけて、私は思わず噴き出しそうになるのを堪えた。
歩きながら、彼は尚も自分がいかに雨で迷惑を被っているかをまくし立てている。
どうやらこのところの仕事のトラブルなどを全て雨のせいにして、怒りを発散したいらしい。
大股で歩く彼の足元は、跳ねた水で靴もスラックスも濡れてしまっている。

角を曲がり、駅ビルが見えたところで思い付いた。
「ちょっと寄り道しよう」
「は?」
いつもならまっすぐホームに向かうのを、商業施設が入る方のエレベーターに飛び込んで最上階のボタンを押す。疑問符を張り付けた彼の手を取って、展望室に向かった。

「雨の日は下を向いた方がいいと思うよ」
「水たまりしか無いのに?」
「あぁ、えっと、高いところから下を見よう、って意味だ」
一面ガラス張りの展望室は天気のせいか人もまばらで。窓ガラスには雨粒が細かな模様を描いている。
「ほら」
その窓の向こう。
眼下に広がる歩道には、色鮮やかな傘の花。
赤、黄、白、ピンク、水色、緑、青に黒。
花柄、ドット、名画のプリントにキャラクター。
色とりどりの傘がアスファルトの道路一面を鮮やかに彩っている。ビビットカラーの傘は雨模様の重苦しさなど感じさせない。
「――」
無言で見つめる彼の青い目にも、輝きが戻っている。

「貴方に免じて、好きになる努力をしてみます」
うねる前髪に指を絡ませながら、彼が言う。
「じゃあまずは、傘を新調しよう」
「·····そうですね」
二人で差してきた黒い傘から、床に落ちた水滴が小さな円を描いていた。

END

「カラフル」

5/1/2024, 3:59:11 PM