息が出来ない。
供給されているはずの酸素をうまく取り入れることが出来ていないみたいに,体の処理機能が追いつかないみたいに。ただ苦しい。
気のせいだ。
わかってる。呼吸はなんの問題もなくできている。血液は滞りなく運ばれ続けている。
でも,酸素を奪われたみたいに苦しい。目が眩み視界が黒く染まる。鼓動が嫌に大きく響く。指先が凍えるように冷たい。
まるで海の底に落とされたみたいに。すべての感覚が遠く,ただ心だけが痛みを訴える。
「そっか。よかったね」
うまく僕は笑えているのだろうか。笑みを型どり柔らかな声色を響かせられているのだろうか。
「僕も嬉しいよ。幸せになってね」
心にもない言葉を本心のように言えているのだろうか。この醜い思いは隠しとおせているのだろうか。
-幸せにならないで。置いていかないで。僕の側にいて。誰かのものになんかならないで-
言える訳もない 黒く濁り澱んだ感情を閉じこめて,欺瞞に充ちた祝福を送る。
「さよなら」
幸せそうな笑顔で手を振る君を見送る。次に会う時は,偽りなき祝言を送るから。
だからそれまでは この痛みを抱かせて。
きちんと別れを告げるから。
「さよなら。僕の恋心」
今は痛いだけのこの思いも,いつかは思い出に変わるから。深海の景色を美しいと思える日まで,忘れないでいよう。
「さよなら。大好きな人」
ついぞ伝えられなかった言葉はただ,吹いた風に流され消えた。誰に届くことも無く。
テーマ : 《海の底》
1/20/2023, 10:54:04 AM