フグ田ナマガツオ

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「白状」と題された日記のページを繰ると、次々に出てきた変哲もない日常。そこにはただの同級生だった頃の福田さんの心底が描かれていた。

2022年の1月から始まった日記は飛び飛びになっていながら、2022年の12月まで続いていた。最終日は12月24日。多分、福田さんが決心を固めた日だ。

12月に入ってからのページを除けば、内容は概ね和やかなものだと言っていいだろう。季節のイベントを程々に消費しながら、一般的なイメージと大して変わらない大学生活を送っている。

大きな転換点となっているのは、やはり12月20日だろう。この日は有機化学のゼミのメンバーで、旅行にでかけていた。私は実験が残っていたので見送ったが、同じく不参加のメンバーに福田さんもいた。

福田さんはゼミ室で何やら書き物をしていたようで、私が部屋に入るとびくりと身体を震わせた。

「うわ!誰?って鈴城ちゃんか」

「ごめんごめん、驚かせちゃった?」

「あれ?旅行は?」

「私去年入院してたから実験残ってんの。福田さんこそ、楽しみにしてたじゃん」

栗色の髪から覗く黒の瞳が曇った気がした。しかし、一瞬翳ったような気がしただけで、もう一度見ると、いつも通りの福田さんだった。

「だったねー」

私が入院していたことに対してなのか、自分が旅行を楽しみにしてたことに対してなのかよく分からない返答だった。
手元にはさっきまで書いていたメモのようなものがあるが、入ってきた時の様子から、見られたくなさそうだと思ったので、視線を遣らないように気をつける。
その様子に気づいたのか、ああこれ?とぴらぴらさせる。そのままくしゃりと握って、言う。

「ただの試し書き、ペン、誰か忘れてったみたいだから」

手元のペンを見ると、見覚えがあった。

「あ、それ凛ちゃんのやつ」

水色で芯が0.3ミリ。凛ちゃんがいつも使っていたペンだ。

「これ可愛いし、もらっちゃおうかな、なんて。人の物を取るのはよくないよね」

机の上にペンを置いて、福田さんはゼミ室を出ていった。開いた隙間から風が流れて、かき混ぜられた冷気が背筋を撫でた。

部屋を出ていく福田さんの表情は笑っていた、ように見えた。



それから1週間後、テレビをつけると、面長の整った顔をしたニュースキャスターが昨日の事件を報道していた。

「12月25日。都内のホテルで同じサークルの男女が亡くなっているのが、発見されました。犯人は被害者男性と恋人関係にあり、交際相手の浮気に腹を立て、犯行に及んだとされており、捜査は難航しておりましたが、12/26には、犯人は自首したようです。犯人は○○大学の理学部に在籍しており……」

2/7/2023, 2:27:05 PM