食事用エプロンを配って、とろみ付きの水分を配って、口腔体操をして、昼食前の準備はこれで終わり。頭の中にあるやることリストのチェックを見返して、ほっと一息をつく。
Tさんの水分介助をしようと、近くに椅子を置いて、座った。すると、斜向かいに座っていた、バイタル測定中の看護師Aさんと目が合った。すぐに逸らした。
Aさんの目つきが苦手だ。常に周りを見回して、獲物を探しているように思える。粗探しして、叱って、ストレス発散できる獲物を。
私も何度も餌食になった。高圧的で大きい、耳にぐわんぐわんと響いてやまない声。私の心に蓄積していく、負の感情のちりくずたち。
ちりも積もれば山となる。私は、Aさんのことが嫌いになっていた。
「ねえ、」
Aさんに声をかけられた。急いで目を合わせる。鋭い眼光が私をまっすぐに射抜いていた。
こわい。私また、何かした?
腹にぐっと力を入れて、耐える準備。でも、覚悟していた声は、聴こえてこなかった。
「テレビ見てよ。美味そうじゃない?」
一瞬、意味がわからなくてきょとんとした。目を見開いて止まっている私へ促すように、Aさんは顎でテレビを指した。
ドーナツだ。まるいまるい形の、柔らかい色の、あまーいドーナツが、トレイにたくさん積まれていた。色とりどりのそれが、笑顔の子どもたちへ与えられていく。
「いいよね。」
「そ、そうですね!」
Aさんと業務以外のお話をするのは初めてだった。
私はなんて単純なんだろう。Aさんが嫌いだって気持ちは、一瞬で消えてしまっていた。ただ、お話できるのが嬉しかった。
ほんのちいさな喜び。これだけで、私はこれからも働いてゆける。
10/16/2024, 12:19:31 AM