白眼野 りゅー

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 さらりと濡れた青葉。鏡のようになったアスファルト。柔らかい日の光が、世界全部を抱き締めるように優しく照らす。

 僕はつくづく思う。雨上がりの光景って、長い雨を耐え抜いた褒美にしては、割に合わないよな。


【雨上がりの景色を紡いで】


「ほら、雨上がったよ」
「…………うん」

 地面に染み入るような小さな声。君は、雨に濡れた肩をきゅっと抱くような姿勢を崩さずに、それだけ言った。

 雨の中、下校中の彼女から傘を取り上げるなんて、あの子たちも酷いことを考えるものだ。僕が傘を持ってきていればもっとスマートに助けられたのだろうが、あいにくと準備が悪く、昇降口で共に晴れ間を待つことを提案するのが精一杯だった。

「……送っていくよ。家、どっち?」
「……」

 申し訳なさそうに指さされた方向は僕の家とは逆だったが、感情を顔に出さないよう努める。もっとも、僕がどんな表情をしていようが俯いた君には関係なかっただろうが。

「……」

 気のきいた会話なんてないまま、歩き出す。あの子たちは友達なの? ……訊けるわけがない。頼れる人はいるの? ……僕はどの立場だ。帰ったら何するの? ……白々しすぎるし、多分入浴だ。

「…………あ」

 僕が感じている気まずさなどに一切囚われる様子もなく、君はふらりと道の脇に逸れる。洞窟の中で光を見つけたような、発見の驚き以上に希望に満ちた「あ」だった。

「どこ行くの」

 と、僕が引き止めようとしたとき、彼女はその場でぺたんとしゃがんだ。ビー玉を見つめるカラスみたいな真ん丸な目が向けられた先には、

「たんぽぽ……?」

 一輪。電柱の影に隠れるように咲くそれは、誰かに踏まれたのか茎が折れていた。雨の雫に濡れていたがそれ以上に泥で汚れていて、はっきり言ってみすぼらしい。

 けれど何となく、このたんぽぽもいつか綿毛をつけて、いくつもの種を風に乗せるんだよな、と想像した。濁った雨水を吸い上げて、明日を生きていくんだよなと思った。黄色い花弁に乗った雫が、妙に強く日光を跳ね返すせいだろうか。

「…………頑張れ」

 ぽつり。地面に落とすように、君はそれだけ呟いた。……ああ、そうか。

 割に合うように、生きていくしかないのか。雨上がりの景色が、ちゃんと綺麗に輝くように。あの雨だってこのためにあったんだと、いつか胸を張って言えるように。今はただ、まっすぐ立つ。

「……君が一人になる時間がなくなれば、嫌なことをされずに済むかな?」
「? 」
「休み時間に君に話しかけてもいいかな? 明日も一緒に帰りたいって言ったら迷惑? ……噂になっちゃうかな」
「どうだろう。雨に濡れるよりは、いいのかな」

 湿った君の髪が、日の光にゆるく縁取られる。

6/2/2025, 6:46:08 AM