【お祭り】
お祭りは、何が起こるかわからない。
「夏の祭典だぁああああ!!」
と意気込んでいたのは数分前のこと。
俺は念願のコミケ会場でぶっ倒れたのだ。
この日の為に、バイトで金を貯めたと言うのに。
まさか、こんなことになるなんて。
「熱中症だね、無理しちゃダメだよ」
じきにスタッフが来るからね、と話すのは俺を助けてくれた三崎と言うお兄さんだった。
倒れた俺に気付き、スタッフを呼んでくれた親切な人。
そしてスタッフは他の客の対応や、熱中症に倒れた人の看護で大忙しなので、暫く話し相手になってくれていた。
「すいません。東京がこんなに暑いと知らず……」
ドンマイ、と三崎さんが苦笑して。半分凍ったスポーツドリンクを渡される。
頭に押し当てると頭痛が引くような気がした。
ありがたいけど申し訳ない。
本当なら今頃、お互いに薄い本を買い漁っていただろうに。
三崎さんの持っていたカラのトートバッグをながめていると、彼は小さな鞄にトートを折りたたんでしまってしまった。
「気にしないで。僕は帰るところだったから」
「帰る? まだ始まったばかりですよね?」
変わった人だなと思う。
「うん、ちょっと挫けちゃってね。君こそ、行きたいサークルがあったんじゃない?」
その言葉に、あっと思い出した。
「俺、『弱虫のミケ』さんの作品欲しくて来たんですよ!」
「……え?」
驚いたのは三崎さんだった。
「あ、知ってます?」
「うん、まぁ……でも、あそこは極小サークルだよ? 大した作品は……」
「そんな事! 無いです!」
俺は思わず声を荒げた。
「どんな作品も、“大したことない”物なんて一つもないですよ!」
……はっとして、我に帰る。
三崎さんが目を点にしていたからだ。
「えっと……その。俺は絵も文も書けないんで尊敬してて……!
何かを生み出すってスゲー事だと思うんっすよ!
特に『弱虫のミケ』のミケさんの作品は、繊細で、綺麗で、キャラクターの心情を丁寧に描くところが大好きなんです。俺なミケさんの作品読んで感動したことあって。泣いたことすらありまして…!
だから、その、大ファンで、つい……」
ごにょ、ごにょ。もじもじ。
言い訳を連ねる自分の姿が恥ずかしい。
ついでに頭もまたガンガンと痛み出して目が回りそうだった。
なのに。
そんな俺の事より、三崎さんのが顔を真っ赤にしていた事に驚いた。
「……そんな事、初めて言われた」
口元を手で隠し、遠くに視線を投げていた。
あ、え? うん?
どう言う事だろう。
あれかな、俺の発想が田舎すぎて恥ずかしい台詞を吐く人間でした的な……?
恥で死にかけてると、やっとスタッフがやってくる。
念の為、病院行きましょうと言われて、ヒィッと俺は悲鳴をあげた。
さらに追い討ちとなったのは。
「ミケさん、お手伝いありがとうございました」
とスタッフが三崎さんに投げた一言だ。
……え? まさか?
真相を確認する前に。三崎さんは雑踏へと消えてしまった。
お祭りは、何が起こるかわからない。
夏の祭りは特にそう。
会場を後にする俺。けれど、その心臓は、お祭り騒ぎで暫くうるさく高鳴っていた。
7/28/2023, 2:24:47 PM