いろ

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【太陽】

「ねえ、イカロスの翼って知っている?」
 薄暗い地下室の底。柔らかな君の声に、作業の手を止める。はんだごてを一度手放し、僕は後ろを振り返った。
「まあ、一般教養レベルには知ってるけど」
 空を飛ぶ翼を手に入れたイカロスは、父親の言いつけを破ってその翼で天高くまで昇り、そうして太陽に近づきすぎて翼を失い地に堕ちた。ギリシャ神話に記された物語。人間が技術を過信し、自然を侵すことへの戒めとも言われていたはずだ。
 君の言わんとしていることは理解できた。だけど僕も譲るつもりはない。会話は終わりだと告げるように、作業台へと向き直った。
「あなたのしようとしていることは、イカロスと同じだよ」
「うるさいな、黙っててよ」
 噛み締めた奥歯がギリっと醜い音を立てた。ピッピっと規則正しく鳴る機械音が、君の命が繋がっていることを教えてくれる。医者も科学者も宗教家も、全員が匙を投げた不治の病。君がもう一度、太陽の下を笑って歩ける未来のためなら、僕は神様にだって喧嘩を売ってやる。
「……あなたを犠牲にしてまで助かりたいなんて、思ったことないよ」
 囁くような君の声は聞こえなかったフリをして、僕は君を救い出すための研究へと没頭した。

8/7/2023, 2:58:06 AM