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どんどん遠ざかっていく本土を、ぼんやりと眺める。
磯の匂いのする、べたついた風が髪を巻き上げる。
帽子が飛ばされそうになり、慌てて手で押さえた。

この帽子は、今回の調査のために助手が買ってくれたものだ。
「先生にはこのカーキが似合うと思うんですよね!」
屈託なくそう言った助手の頭にも、同じ帽子がのっている。
「どちらがお前ので、どちらが私のものかわからなくなるじゃないか」と悪態をつきつつ、私は内心嬉しかった。

今回の調査は、本土から船で五時間の沖合に浮かぶ島。
海底から隆起した特異な地形を持ち、島の中央には大きな山がそびえている。
年中、島の西側には猛烈な風が吹き、東側は山で風を受け止めるものの、回り込む風が時折本土の風速を超えることもある。
その風が、長い年月をかけて削り、磨き、島の内陸には透明な結晶体がいくつも発見された。
陽光を受けると虹のような光を帯び、人はそれを「風のクリスタル」と呼んだ。

前回の調査で、私たちはそのひとつを山腹で発見した。
風化と浸食を重ねたそのクリスタルは、内側に淡く光を孕み、まるで消えかけた記憶のように、掴もうとすると指の隙間からこぼれ落ちるようだった。
「先生、今回もきっと、いいのが見つかりますよ」
風に負けまいと助手が声を張り上げる。
私は帽子のつばを握りしめ、本土がかすむ水平線の向こうへと視線を戻した。

テーマ: クリスタル

7/3/2025, 7:15:05 AM