高木いずみ

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【自転車に乗って】

ある人が言った。
「地図は無くても、旅はできる。」と。


会社からの帰り道。
小柄で白髪の老人は、壊れかけの傘を差しながら、なぜか僕の顔をじっと見つめていた。

「君、少し疲れてるようだね。」と、老人は言った。

「ああ、まあ…」と僕は曖昧に答えたが、正直、話しかけられたこと自体が少し気味が悪かった。離れるべきだとわかってはいたのに、なぜか足が止まってしまった。

「人は、旅をしているんだよ。」彼は突然そんなことを言い始めた。「不安という荷物を持ち、希望というコンパスで行き先を決めている。そして前を向いて、初めて自分の立ち位置が分かるようになる。」

「何の話ですか?」僕は不思議そうに聞き返した。

「でも地図なんて無くてもいいんだよ。自分がどこにいるのか、何が本当の自分なのか、それが分かれば、地図なんて無くても旅はできる。」老人は笑みを浮かべた。

僕は半信半疑で頷きながら、その場を離れようとした。しかし、彼の言葉が頭に残り続けた。


僕は自分の心を見つめ直した。僕はいつも不安に支配されていた。でも、それは本当に避けられないものなのか?僕が自分を信じることができれば、地図なんて無くてもいいんじゃないのか?

不意に、僕の心の中で何かが動いた。まるで初めて自転車に乗った時のようにゆっくりと、僕の中に小さな希望が芽生えたのを感じた。それは、ほんの小さな火種だったが、確かにそこにあった。

次の日、僕はいつもと違う気持ちで一日を始めた。仕事でのミスも、上司の小言も、それまでなら僕をさらに不安にさせていたが、今はどこか冷静に受け止めることができた。不安の反対側にあるものを意識することで、心のバランスが少しだけ取れた気がした。

不安が消え去ることはないだろう。けれど、僕はもうその不安に飲み込まれることはない。希望のコンパスは僕の中で揺れている。その揺れ動くコンパスの中で、僕は少しずつ、自分の中にある強さを見つけ始めている。


「さてと、自転車に乗ってどこにいこうか。」


地図は無くても、旅はできる。
僕の行き先はまだ決まってない。

8/15/2024, 9:08:36 AM