久住弥生

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ドアが開いて、閉まって、電車はまた走り出した。
今電車に乗っているのは、学校の制服のお兄さんと、眠そうなスーツのおじさんと、大きなリュックのお姉さんと、僕で、全員。
お兄さんのイヤホンから漏れた音楽が、電車が揺れると、聞こえたり聞こえなかったりする。多分知らない歌だ。
僕は、車両の一番前の席で、リュックを抱えるように座っていた。
乗った時は混んでいたけど、ほとんどの人がさっきの駅で降りてしまって、急に4人になってしまった。
もう抱えてなくても、荷物が誰かにぶつかったりしないけど、離したりしないように、しっかり持っていたかった。
車掌さんが次の駅の名前を言っている。僕はドアの上の路線図を探してから、いち、にい、……あと6駅、終点まであることを確認した。
電車はゆっくり止まった。でも、ドアは開かなかった。えっと思ったけど、お兄さんは音楽を聞いてるし、おじさんは寝てるし、お姉さんはぼーっと外を眺めている。
何事もなかったみたいに、電車が走り出した。ドキドキした。このまま電車を降りられなかったらどうしよう。もっと小さくなってリュックを守った。

目をぎゅっとつぶって、お母さんを思い出す。
僕が悲しかったりドキドキしたりした時、いつもお母さんは、両手を握ってくれた。
「悲しいことがあったら、その分あなたは優しくなれるのよ。怖いのは強くなれる証拠よ。毎日少しずつ、良くなっていくんだからね。明日が来れば、へっちゃらよ」
そう言ってお母さんは笑ったから、僕もそうだねって笑ったけど、ほんとは全然そう思えなかった。
だって、明日は来ないかもしれないから。今日はきたけど、明日は来ないかもしれない。お母さんだって、どんどん病気が悪くなってるのに、どこがへっちゃらなの?
言ったらお母さんが困るから、言わなかったけど。

とても長い間走っていた電車が止まって、僕はじっとドアを見つめたけど、またドアは開かなかった。
このまま車庫に連れていかれたらどうしよう!と、思っていたら、スーツのおじさんが慌てて立ち上がって、ドアのそばのボタンを押した。そのドアだけ、すーっと開いて、おじさんはそのまま電車を降りていった。

僕はびっくりして、ドアが閉まっても、電車が出発しても、しばらくそのボタンから目が離せなかった。

絶対に、最後の駅であのボタンを押さなくちゃ……

……そう思ってずっとボタンを見張っていたのに、終点では、ボタンを押さなくても全部のドアが開いた。さっさと、お兄さんとお姉さんが降りてしまって、ドアが閉まるんじゃないかと怖くて、僕も駆け出した。

改札の向こうで、おばあちゃんが手を振っているのを見つけて、僕は急に嬉しくなって、できるだけ大きく手を振りかえした。


#明日世界が終わるなら……

5/7/2026, 7:23:30 AM