初音くろ

Open App

今日のテーマ
《逃れられない呪縛》





膝の上に陣取り、しがみつくようにシャツをぎゅっと握り締めたまま、すやすやと寝息を立てている。
健やかな寝顔はいつまでだって見ていられるくらい可愛くて、愛おしい。
起こさないよう注意しながら柔らかな頬を指先でつつく。
すると、鬱陶しかったのか、むずがるように眉を寄せて顔を背けられてしまった。
そのまま額を擦り付けるように胸に顔を埋めてしまう。
男の硬い胸板なんかを枕にしたって大して寝心地も良くないだろうに。
そう思いながらも、甘えられていることが嬉しくて顔が自然とにやけてしまう。

「重くない? 替わろうか?」
「いや、大丈夫」
「でも、あなた、疲れてるのに」
「それはおまえも同じだろ。俺が抱っこしてるから、寝てていいよ」

これだけしっかりしがみついてるのに、引き剥がしたりしたらきっと起きて泣き出してしまうだろう。
普段は仕事にかまけてあまり構ってやれないからこそ、こんな時くらいは父親らしく頼られたい。
それは可愛い我が子にだけでなく、妻に対しても言えることだ。
労う気持ちはちゃんとあるけど、それを伝え切れている自信はあまりない。
だからせめて、こういう時くらい気を抜かせてやりたいと思う。

「……じゃあ、ちょっとだけ寝るね」
「ん」
「何かあったら起こして」

遠慮がちに言った妻は、だけど寝室に行くことはなく、そのままぽすんと隣に座る。
そしてこちらに凭れ掛かるように、俺の肩に頭を預けてきた。

「重かったら言って」
「いや、平気だけど」
「じゃあ、おやすみなさい」

欠伸を噛み殺しながら妻が言う。
程なく肩の重みが増して、彼女が寝入ったのが伝わってきた。
いつのまにか手には指が絡められていて、動くことも儘ならない。
人によっては逃れられない呪縛のように感じられるのかもしれないが、俺にとってそれはとても心地良いもので。

愛する妻子による幸せの呪縛とその重みを味わいながら、俺も休日の午睡を堪能することにした。





5/24/2023, 8:35:31 AM