ようやく迎えた土曜日。
おやつ時になって、二階の自分の部屋から降りてきた夢花は、うきうきと台所の冷蔵庫を開けた。そこには週末の楽しみにしようと買っておいた、とっておきのプリンがあったはずだ。スーパーで買うものより、ちょっとお高いコンビニのプリン。
(……あれ?)
そう。冷蔵庫を開けると、鮮やかな桜色をした期間限定品のいちごミルクプリンが鎮座しているはずだった。
(ないんだけど)
小首を傾げた夢花は、そんなはずはないと、棚の中を掻き分けだした。きっと、他の物に押されて、冷蔵庫の奥の方に行ってしまっているのだろう。だから、ここから見えないんだ。
棚の手前にあったジャムやらの瓶を横に移動させて、奥の方をまさぐったが、ついこないだまではあったはずのプリンはどこにもなかった。
夢花は眉根をぎゅっと寄せると、冷蔵庫の扉を勢いよく閉めた。悔しそうに唇を噛んで踵を返すと、彼の部屋に向かって一目散に廊下を走り出した。
彼の部屋は台所からほぼ対角線上にあるといってもいい場所にある畳敷きの部屋だ。襖を勢いよく開けながら、夢花は大声を出した。
「松緒さん!」
彼女の声に部屋の奥で文机の前に座っていた人物が振り向いた。彼は夢花の姿を認めると、彼女の剣幕とは打って変わって穏やかな笑顔を浮かべた。
「夢花ちゃん、どうかしたの?」
そう言いながら小首を傾げる彼に、夢花は眦を吊り上げた。
「どうかしたの、じゃないよっ! わたしが楽しみにしてたプリン、勝手に食べたでしょっ!」
えっ、と洩らした彼は、思い出そうと目をつむった。早朝に目を覚まして、顔を洗ってから、仕事をしていたが――小腹が空いたので少し何かをつまむことにした。いつもはパンを焼いているが、今日はそれすら億劫で、たまたま冷蔵庫の中にあったものを食べたんだっけ。
彼の脳裏に一つの像が浮かび上がった。済まなそうに眉を八の字にすると、彼は口を開く。
「ごめんね、夢花ちゃん。確かに僕が食べてしまったよ」
むうと彼女は頬を膨らませた。
「今度打ち合わせの帰りに、駅地下で何か買ってくるから許してくれるかい?」
はあと夢花は溜息をつく。
「正直だったから、許してあげる」彼女は一旦口を噤むと、悪戯っぽい笑みを浮かべた。「ちゃんと二つ分買ってきてね」
目をしばたたかせる彼に、
「どうせなら、松緒さんと一緒に食べたいもん」
そう言うと、彼女ははにかんだ。
6/2/2024, 2:54:29 PM