「後光が差して見える」
「聞き飽きた」
私が彼を見つめたときに思うことをそのまま伝えた。彼は酷くつまらなそうな顔をしている。それも当然のことだ――彼の姿は、誰が見ても神が愛を込めて作り上げたと言っても足りないほど美しい。
「俺はお前の方が眩しくて仕方ない」
「私が? まあ、自分でも悪くない顔だなとは思うけれど」
「ナルシストめ」
「自己愛は人生を歩む上で必要なものさ。自分自身を愛し、肯定する。自分に愛された自分が愛したいと思う相手を見つけたとき、初めて他人を認められる。そして、そこから他人への好意に発展していく。他人を思い遣るための第一歩がナルシシズムだ」
「つまんねえ御高説を垂れ流していただき有難うございます。さっきの言葉といい、耳が疲れる」
「じゃあ私はもう喋らない方がいい?」
「偉そうなことは聞きたくない。でも俺との会話は続けて」
後光が差して見える程神々しい彼は、とにかく〝ふつう〟の会話に憧れている。遠慮なく、対等で、下らなくて中身のない会話がしたいらしい。彼を取り巻く環境を踏まえれば、そういった年相応の日常に飢えるのも仕方ないのだと納得できる。
「そうだね――君から見て、私は私を律せているかな」
「はあ?」
「君が知っての通り、ナルシシズムは行き過ぎればパーソナリティ障害と見做される。自分が歪み、他人も歪んでいると思わずにはいられない。私は私を正しく愛し、同じくらい他者を正しく愛していると、愛そうとしているのだと自認している。だが、私にとっての正しい愛が、俯瞰的に見たとき正しくないとしたら――私は、歪んだ私の眼で君を見たくない。光を背負い、翳る君のおもてを正しく見たい。脳が影を取り除き、君を神話の英雄にも似た姿にしたくない。私は君を正しく愛していると、他でもない君に肯定して欲しいんだ」
〝ふつう〟の会話ではないな、と言い切ってから後悔が込み上げてきた。どう取り繕っても、彼の望む下らない会話とは言えない。たったこれだけのことで、私は既に彼に愛されないことをしてしまったのだ。
「俺がお前を眩しいって言った理由だけどさ」
律し切れなかった私からの問いかけの応えではなかった。この言葉が私の問いへの応えに繋がるのか、話を切り替えられたのか分からない。私は、ただただ、彼の口唇が紡ぐ言葉を待つしかなかった。
「お前の言う正しい愛の光を背負って、自分自身に影を落としながら生きていること。正しいのかどうか問い掛けなければならないほど怯えているくせに、人間の在り方はかくあるべきと自分にも他人にも言い聞かせていること。人間らしいよ。理想を抱いて輝くお前が。俺が本当に神様なら、お前を、お前だけを人間として慈しみたいくらいに」
光は相変わらず彼の後ろに控え、逆光として彼の美しさを引き立てている。
私は光と影を補正せず、なんとかして彼を正しく見つめようとした。
彼は私を眩しいという。それは、彼が常に逆光を背負い、私が順光を受けているからだ。光が当たっているものなのだから、明るく見えて当然だ。
彼の言う眩しさを、私は歪めることなく汲み取ることができない。
彼の後ろに控える光が眩しい。逆光は容易く後光となり、私の正しさを睨みつけている。
1/24/2023, 4:33:13 PM