午前十時を過ぎたので、手洗いに立つ。
小用を足し、しっかり手洗いをしながら、鏡を見る。
顔色、特に異常なし。
近ごろはすっかり仕事にも慣れたからか、職場で“体調を崩す”ことはなくなった。
しかし、油断は禁物。調子に乗りやすい気質があると自覚しているならなおさらだ。
席に戻ると、隣の青年が体を乗り出して話しかけてくる。
「おかえりっす。いっつもこの時間トイレに行くっすよね」
にやりと笑って言う青年はサボりっすか? と暗に言いたいようだ。こういう時は、確か……
「水分補給を意識的にしてて、トイレも意識的に行ってるんだ」
とでも答えておけばいいとアドバイスされたんだ。
「へえー、偉いっすねー」
青年は興味を失ったように自分のイス戻っていく。よしよし、うまくいったようだ。
とりあえずあと二時間。昼休みになったらまた便所に行かなくては。
顔色、特に隈が目立っていないか。異常を感じたら引き出しにストックしてる栄養ドリンクの出番だ。
ふと、隣を見ると、さっきの青年がデスクの引き出しから一口大のチョコレートを取り出して口に放り込んでいた。
よく見ると、まだ午前中なのに疲れた顔をしている。さっき話しかけてきたのは、自分もサボりたいという心情だったのだろうか。
なんだ、彼もおれと一緒なようなもんじゃないか。笑いたいような、安心したような吐息がふっと漏れ、誰かに聞かれてないか慌てて口を抑えた。
昼休みまでお互い頑張ろうぜ。
『鏡』
8/18/2024, 12:02:18 PM