夕月西 世朱

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 ある天才数学者が餓死寸前の状態で病院に運び込まれた。治療の結果、数学者は会話ができるまで回復した。数学者の主治医は彼に尋ねた。
 「何があったのです?」
 数学者は何の感情も無い声で答えた。
 「神の方程式を発見したのです。」
 「神の方程式?」
 「過去に起こったこと全ての原因を解き明かし、未来に起こること全てを完璧に予測できる方程式です。」
 「それは素晴らしい。その方程式とやらを此処に書いて頂けませんか?」
 主治医はカルテとペンを差し出した。
 数学者は虚ろな目を向けると、か細い声で答えた。
 「書くことはできません。口に出すことも。絶対に。」
 「何故です?その方程式があれば、医学は飛躍的に発展する。病気の原因を突き止め、治療法を発見することができる。沢山の患者が救われる。」
 「あなたが一人の命を救うことで、一万人が死ぬ。それが証明されてもそう言えますか?」
 「どういうことです?」
 当惑する主治医を無視するように、数学者は窓の外を見た。空は青く澄み渡り、白い雲が浮かんでいた。数学者は生気の無い表情でしばらく空を眺めていたが、おもむろに口を開いた。
 「バタフライ・エフェクトをご存知ですか?蝶が羽ばたく、そんな些細なことが大きな嵐につながるのです。もし、あなたがアイスクリームを食べたことで山火事が起こったら?もし、あなたが恋人とキスすることで大きな戦争が起こったら?私の方程式を使えば、全て証明できるし、予測できるのです。それに耐えられる人間がどこにいますか?」
 数学者は頭を抱え、背中を丸めた。その体はブルブルと小刻みに震えていた。
 「私は、私は悪魔の方程式を発見してしまった。」 

 翌朝、数学者の姿は病院から消えた。
 病室の白い壁には、血でこう書かれていた。

 私は方程式の一般解を発見しました。
 人間にとってもっとも善いことは生まれて来なかったこと。あの哲学者の言葉を証明してしまったのです。

2/7/2024, 4:51:21 PM