『半袖』
あの時買っときゃ良かった!!!!
俺は後悔しまくっている。なぜなら、今隣に座っているコイツがあの時俺が欲しかった半袖のシャツを買ってるからだ!!!どういう運命なんだこれは…!!
いや、さっきの話になるんだが、それは三十分前の出来事…。
超大型ショッピングモールで目を惹かれたシャツがあったんだよ。バックプリントに海外のキャラの絵が書いてあって、実にパンチがある服でね。バックプリント系の服が大好物な俺は、その服を買うか買わないか悩んでいたんだ。
いや、クールでかっこいい感じの服ではあったんだが、値段はなんと一万円。高いなぁ…でも欲しいなぁ…なんでそこで考えて、その服を試しに着てみたりしたんだけど、すごく自分に似合っていて、やっぱり買おうと思ったわけなんだが、財布を見たらあまり金が入ってない!!
カードか、支払いアプリで買えないかななんて考えてたが、なんとアプリもカードも禁止で、現金のみの所だったんだよ。
こんなとこ未だに存在すんのかよ!?と思いつつ、かと言って一万円をポンポン出したい訳でもない。欲しい気持ちもあって、お試しで着ているのにも関わらず、俺はやっぱりいらないって思って戻したんだよ。
悩んだということは、あってもなくてもどっちでもいいってことだと思ってね。特別、これ以上に素晴らしい服が見つかるかもしれないと思って買わなかったんだ。
そして今!!!ここでコーヒーを一人で飲んでる時に横に座ったソイツが!!!なぜか買うか悩んでた服を着てやがる!!!!
クソ!!なんかいらないって思ったけど!!買われるんだったら買っときゃ良かったなと後悔してしまう!!
コーヒーを飲みつつ、俺は隣に座るソイツの服装を見る。よく見るとソイツは、ピアスを沢山つけていて、赤メッシュの髪をした地雷系の女性だった。
年齢的には俺と同じくらいかな?なんて考えてたが、欲しがってた服はまさかこの女に買われたのかと思うと、なにか嫉妬のような感情が込み上げてくるのが分かる。
ため息を吐きつつ、何回も何回もチラ見する。変態じゃねぇかな俺と思いながら、買っときゃ良かったぁと悔しがる。
くそ…まじで羨ましい…あれ一着しかなかったんだよなぁ……。俺はもう一度コーヒーを飲み、チラ見すると、完全に女は俺の方向を向いていた。
「……え…あ」
急なことだったんで、変な声を出しつつすぐにかおをそらす。なんでこっち向いてるんだと心の中で悪態付きながら、またコーヒーを飲もうとするが、コーヒーはもう入ってない。
店員を呼ぼうと顔を上げるが、女がこっちを見てるのがわかる。見られてるって、こういう感じなんだなぁと思いつつ、ちょっと反省。
女の視線がすごいので、俺は恐る恐る視線を合わせると、バッチリ目が合った。
で、お互い目を合わせて数秒間が経過。周りからすれば、なんで目だけ合わせて何も喋んないの?とか思われてそうだが、俺が堪らずなにか発言しようとしたら、向こうがニヤリと笑ってシャツを見せびらかしてきやがった。
「…………あ?」
バックプリントを俺に見せて、ドヤ顔を決め込む。こ、この女は、今俺に自慢してきたのかよ…!?
イライラしつつ、俺が顔を逸らそうとすると、女が俺にちょんちょんと触る。
「?」
俺が女の方向を振り向くと、バックプリントを見せてくる。バックプリントを見せた後に、親指を上げてにっこりと俺に笑ってきた。
俺はたまらず棒読みでよかったっすねーって言った。
そしたら女が笑って、話し始める。
「ふふふ…いや、買うか買わないかめっちゃ迷ってましたよね」
「え?あ…そん時からいたんすか…」
女が頷く。
「うんうん。それでね、買うのかな?買わないのかな?どっちなのかなぁ…私も欲しいのになぁ…なんてずっと眺めてたら、急に手放しちゃったものですから…だから私買ったんですよ!」
そりゃあ良かったね。としか思えんが、自慢されて俺は少しだけ気分が晴れなかった。
「でも…そのシャツ素敵っすよ」
「ね!本当に買って良かったです♪」
ニコリと笑うその女性が少しだけ可愛く見えてきて、あれだけ欲しかった服だが、なんだかんだ彼女も喜んでいるようで良かったと思えた。
俺は他のシャツを買いに行こうと、彼女にぺこりと挨拶をしてその場から離れた。
こんな出来事もあるんだな。次は他のを買おう。あの服も素敵だが、同じくらい素敵な服もあるはずだ。
そして、たどり着いた古着屋。ここはカードOKなので、さっきよりも高い服を買おうと息巻いていた。
俺が色々服を見てると、一着だけ目を惹くものがあった。KING CROWNのフード付きデニム。KING CROWNってのは最高のブランドで、様々なかっこいメンズの服を作ってる会社だ(架空です)。
このブランドの古着…しかも、フード付きdenim。フード付きデニムも俺は好きなので、これをお試しで着てみて、店員に最高ですなんて言われつつ、買おうか買わないか悩んでると、どっかから視線を感じる。
視線の先を辿ると、そこにはさっき話した女がたっていた。流石にびっくりして、話しかけに行く。
「え…なんすか…?」
「あ、ごめんなさい…普通に入ってきたんですけど、たまたま貴方がいたものですから…そしたら、中々いい服を持っていたものですので……」
「え…あぁ…これすか……」
「その服、女が着ても可愛いですよねー」
「まぁ…え!?あげないっすよ!!これ俺買いますから!」
「えー?」
「えーじゃないっすよ!」
なんてやり取りをして、それでもブーブー欲しいと言う彼女に俺は根負けして差し上げたら、クッソ喜んでそれを即買い。そしたら店内でさっき着てた服を今買った服に着替え直して、俺にどうですかと見てきた。
くっそ似合う。まじで最高。最高だから故に、俺も着たいし欲しかったなぁとまた汗をにじませる。
くそぉ…二件もこの女に服を取られた!!
また、ぺこりと頭を下げて、すぐ隣の帽子専門店の所に入る。
最近クソ暑くて、髪の毛から炎が出てきそうな勢いなので、夏用になにか買おうと思い色々見てると、またも視線が。
まさか…と思い、すぐさまその視線に顔を向けると、やはり彼女がいた。
もうさすがに三度目はアレなのでなんでジロジロ見てんすかって詰め寄った。
「いや…たまたま私も…」
「いやそうだとしても俺を見る必要なんかないじゃないっすか」
「そ、そうだけど……」
もじもじして、彼女は頬を染めつつ話した。
「その…貴方の選ぶ服がどれもよくて…なんか…うん…すごいかっこいかったり可愛かったり…だから、その……」
恥ずかしそうに話す彼女を見て、可愛いなーと思いつつ、だからと言って俺を見る必要なんかねーだろと思ってた。
でも、彼女と俺はなんだかんだ服の趣味があってるのかもしれない。だから、俺が買おうとしてるやつとドンピシャで当たるのかも。
そんなお気楽なことを考え、俺はつい、その女に良かったら一緒に見て回りませんかと言った。
そしたら彼女は喜んで、いいんですかと言っていた。なんか、ナンパっぽくなってるから、あんまし嫌なんだが、貴方が嫌じゃなければ…と申し訳なさそうに言うと、彼女が喜んで首を振る。
「ううん!全然嫌じゃありませんよ!服の趣味が合う人あまり周りには居ないものですから…だから私でいいのであれば…よろしくお願いします…!」
結論から言おう。
俺と彼女は付き合った。なんか、あの後色々服買いまくって、ノリで連絡先交換することになって、それでプライベートで服を一緒に買いに行ったりしてなんだして…それを繰り返してたら、いつの間にか付き合ってることになってた。
で、めっちゃ驚いたことが一つだけあるんだ。それは、彼女が俺に近付いていた理由が、一目惚れだかららしい。
いや……今となっちゃ……まぁ、もう付き合ってるし、彼女は可愛いし優しいでいいんだけどさ…流石に驚いたよ。マジで?って何度も思ったね。
服を買う時に、俺を見かけた時から一目惚れして、コーヒーから古着店、帽子専門店まで着いてきたのも好きだかららしい。
あ、ちなみに彼女は二十三歳の大学生。俺は二十六歳の大学卒業してのしがない会社員。
とにかく、ビックリしたよ。
半袖のシャツ一枚でこんな人生変わるもんなのかってね。無駄に広い俺のアパートには、今では彼女が住んでる。ちょっとは賑やかになったし、自分の買う服を彼女も着たいっていうのは少し嬉しいかも。共通の服の趣味を持つ者同士として、恋人として。
でも……。
離れたところでジーッと俺のことを見る彼女のこと考えたらそれはそれでやべーよな…???
7/25/2025, 1:03:06 PM