【20歳】
「よォ……って。なんだその顔、地味に嫌そうな顔しやがって」
成人式の帰り、近所に住む2つ上の大学の先輩と出会った。ラフな格好に近くのスーパーの袋を下げているところを見ると、買い物に出ていたところなのだろう。
「別に嫌そうな顔なんてしてないですよ。めんどくさいなーとは思ってますけど」
「なぁ仮にも先輩だぞ、せ・ん・ぱ・い」
「そんなふうに言わなくても知ってますゥ」
「うわー腹立つなぁお前」
互いに口悪く言い合うものの、普段からよくある挨拶代わりだ。別に仲が悪い訳では無い。
その先輩の視線が普段着ることのない私の振袖姿へと向けられた。その向けられる視線で、なんだかむず痒いような気持ちになる。
「今日成人式だよな。振袖似合ってる。成人おめでと」
「あー、ありがとうございます」
「今日なんか奢ってやろうか?パァッと派手に祝わって……」
「今から実家行くんで大丈夫です」
間髪入れずそう断ると、ちぇ、とあからさまに口を尖らせて残念がる。賑やかで盛り上がることの好きな先輩のことだから、成人の祝いを口実に飲みに行こうとでもしたのだろう。
もしかしたら他の人たちも呼ぶつもりだったのかもしれないけど、あいにく私は騒がしいのはそう得意では無い。
先輩と飲むのが嫌な訳では無いけど、出来れば酒はゆっくりと楽しみたかった。
「じゃ、お祝いだけやるわ」
ガサガサとスーパーの袋を漁ったかと思うと、出てきたのは綺麗に包装されてリボンもかけられた小箱だった。普段からなにかにつけて渡されるお菓子やジュースかのように無造作に投げて渡される。
「やる。実家まで気ィつけて行けよ。また学校でな」
それだけ言うと先輩はあっという間に背を向けてさっていく。
突然の出来事に私は、これはなんですかとか、礼すらも言うことが出来ずにスーパーの袋から出てきたとは思えない綺麗な包みを握ったまま遠ざかる先輩を見送った。
「……あ、…ありがとうございました!」
少しした後にハッとその背に向かって礼を言うと、応えるように先輩が振り返って「またな」と笑いながら片手を上げた。その後ろ姿が普段の先輩と違って妙に大人びていて、なんだか少し悔しさを覚えた。
遠ざかる背を見送り、少し迷ったあと行儀が悪いのを承知でその場で貰ったばかりのプレゼントを開く。
丁寧な包装を剥いで出てきたのは深緑をした軸色のボールペンと、ボールペンと揃いの色のパスケースだった。
一目見てその色合いに惚れ込んだものの、次の瞬間頭を巡ったのは見るからに高級そうだ、絶対にそこのスーパーで売っているはずが無い、だった。
前以て準備して、今日ここで会えるかなんてわからないのに持ち歩いていなければ渡せるものでは無い。
「なんで……」
なんで私に、なんで待ち伏せまでして、なんでこんな高級そうなものを。
グルグルと頭の中で疑問が一頻り巡った後、ハタと気がつく。
これは多分ほかの後輩にも配っていて、きっとあのスーパーの袋にはプレゼントがたくさん入っていて、出会った後輩みんな渡していたんじゃないんだろうか。
この辺は学生街だ、きっと私以外にも会ったに違いなくて、私はきっとその一人だろう。
世話焼きなあの人だからやりかねない。
「……季節外れのサンタクロースみたい」
そう思うと1人笑いが込み上げてくる。
お礼に飲みに誘おう、他の友達も連れて賑やかな会になればきっと先輩も喜ぶだろう。
そんな算段をつけながら、1つ増えた土産片手に実家へと足取りも軽く向かった。
───そう思っていたのに、思い描いていた「多分、きっと」がまるっと覆されたのは、少しあとの話。
「お前にだけだよ!鈍いなお前!」の一言で先輩と大喧嘩が始まったのも、もう少しあとの話。
1/11/2024, 6:54:25 AM